浅田は、意外な方向にゴールを定めた。代名詞であるトリプルアクセルにばかりこだわるのではなく、すべての技術と演技が合わさった“バランスの良い演技”をしたいという。これは、佐藤が以前から目指していたスタイル。はからずも、師弟の軌道はピタリと重なっていた。

 浅田は言った。

「トリプルアクセルを特別なジャンプと思わないように、プログラムの中の一つの項目として考えています。ジャンプだけでなく『蝶々夫人』の物語を自分なりに表現して、何かを感じ取ってもらえる演技にしたい」

 プログラムの「一項目」になったトリプルアクセルはソチ五輪よりも軽やかで高品質。表現力はそれ以上に進化して、男性を待ち続ける切なさや苦しさを随所に醸し出した。佐藤が「感情の出し方が随分良くなった」と絶賛する、大人の滑りだった。

 荒川静香は、浅田が得たものは「安定感」だと話す。これまではシーズンに入ってから後半に向けて徐々に調子を上げ、その時の調子によって、ジャンプを取捨選択していた。だが、今シーズンは仕上がりが早い。トリプルアクセルも3回転+3回転のコンビネーションジャンプも、いつでも使える。結果として、安定感が増している、と。

AERA  2015年10月19日号より抜粋