室井佑月・作家
室井佑月・作家

 作家・室井佑月氏は、安倍晋三元首相の国葬に参列する予定の立憲民主党・野田佳彦元首相に苦言を呈する。

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 9月16日の「日本経済新聞電子版」によると、

「立憲民主党の野田佳彦元首相は16日収録のBSテレ東『NIKKEI 日曜サロン』で、安倍晋三元首相の国葬に参列すると表明した。『元首相が元首相の葬儀に出ないのは私の人生観から外れる。長い間お疲れさまでした、と花をたむけてお別れしたい』と語った」

 という。

 べつに好きにしたらいいんじゃないですか。日本は、憲法に「思想及び良心の自由」ってのがありますし。

 ただ、元首相の行動にムカつく、というのもあたしの自由であるわけで。

「国葬反対デモ」に参加している市民たちは、立憲、共産、社民、れいわなど、野党共闘を応援してきた人たちだ。野田氏がこのことを知らないとでもいうのか。

 彼らは野田氏のように、歳費をもらい出席しているのではない。世の中を変えようと、自分らの代弁者である野党議員の背中を少しでも押してあげようと、手弁当で出ているのである。

 野田氏の今回の表明は、一部の保守といわれる人たちからウケているようだが、本来の仲間である人間は、梯子(はしご)を外された、裏切られた気持ちになるに違いない。

 野党を応援している人たちの気持ちは、個人の人生観より、低く見積もられていいものなのだろうか。政治家なら、なによりも大事にしなくてはいけないものは、言わずもがなだ。

 今回の野田氏の表明に、国葬儀は違法だから国権の最高機関にいる議員は参列をすべきじゃない、との声が立憲の仲間の議員から上がった。

 その一方、「それが礼を尽くす正しいあり方」という声も上がった。

 どちらとも、あたしの見方とは少し違う。

 国葬儀が国のイベントなのは事実。当然違憲とも言い難い。ただし、当然合憲でもない。そのジャッジは曖昧(あいまい)で、だから国葬をやるなら国会で立法すればよかった。手続きをないがしろにする、その不正義を突くべきだ。でないと、説明不足から国民は分断されたままだ。

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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