「医療者の側からすると、ほかの病院のほかの専門分野の医師が決めた投薬に口を出しづらいということがある。また、大きな病院だとどうしても一人ひとりの患者さんごとの細かい病歴や服用薬まで把握しきれないこともある。また、患者の側からすると、どこか具合が悪いとすぐに病院に行き薬をもらいたがるという面がある」

 たとえば、高齢者で睡眠困難を訴える患者から「どうしてもしっかり眠りたい」と訴えられると、医師は薬の種類が多いのを知りつつも眠れる薬を処方してしまいがちなのだ。特に複数の病院を受診している場合、それぞれの病院で投薬されるため多剤服用に陥りやすくなる状況が生まれていた。

 行政も手をこまねいていたわけではない。厚労省は2017年に、多剤服用の害に加え、膨れ上がる医療費の約6割を占める高齢者医療費対策のためにも、処方薬の適正使用に向けたワーキンググループを立ち上げ、18年5月には高齢者医薬品適正使用のためのガイドラインを策定した。同ガイドラインは、医療機関に向けて、不要な薬の処方を減らす必要性や、薬物療法の適正化のための具体的なプロセスを説いたもので、安易な薬剤の使用に警鐘を鳴らしたもの。19年6月には、「外来患者」や「入院患者」、「医師が常勤する介護施設の入所者」など療養環境別のガイドラインも公表し、それぞれの環境で薬剤治療を見直す手段を、より具体的に記載した。

 ガイドラインを受けて、18年10月に減薬プロジェクトをスタートさせたのが有料老人ホーム等を運営する「らいふ」だ。同社は1都3県で48の有料老人ホームを運営し、入居者約2400人の約7割が認知症である。入居者の平均年齢は87.5歳、毎食前食後の平均服用薬数は7.2錠だった。

 医師・薬剤師・介護職員などからなる専門チームを立ち上げ、半年かけて薬の量が適正かどうかを検討した結果、7割の入居者で薬の量や種類に改善の余地があることがわかった。医師の指導のもと減薬を開始したら、さっそく効果が表れ始めた。

 18年暮れに入居した88歳の男性は、認知症による“歩き回り”があり、施設にいることを理解できない見当識の低下があった。病院ではやむなく体幹ベルトなどの身体拘束をされていたが、らいふでは身体拘束ができない。車椅子から立ち上がり勝手に歩き回るため、介護職員の見回りで危険回避に努めていた。また、見当識障害のため、入居者に対して「君は誰だ!」「俺のものだ!」と大声で怒鳴り、興奮状態になることが毎日のように繰り返されていた。抗不安薬を変更し、2種服用していた認知症薬の1種を中止、さらに検査と経過を見ながら胃薬や高脂血症の薬の内服も中止。5種類飲んでいた内服薬を2種類に減らしたところ、約1カ月で症状が改善し始めた。まず、対人トラブルがなくなり、笑顔で入居者と会話ができるようになり、興奮状態もなくなった。見当識や物忘れの改善はできないが、認知症に伴う不安・不穏の症状は改善された。

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