こんなデータもある。内閣府の交通安全白書(令和元年)によれば、交通事故死者数は自動車乗車中の死者数の構成率より、歩行中と自転車乗用中の死者数の構成率が高くなっている。年齢層別では、65歳以上が約6割と非常に多い。

「検査を導入してから、高齢の交通弱者の死傷率が高まりました。運転を控えたり、やめたりして歩行者となった高齢者が事故に遭ってしまっている可能性は否定できません」(市川教授)

 公共交通機関の整備など、高齢者が車を手放しても暮らせる環境づくりはもちろん必要だ。だが、これまでのデータを見ても、「高齢になったら運転をやめよ」は極端な意見といえる。市川教授は言う。

「免許保有者数あたりの事故件数は高齢期になると徐々に増えますが、高齢ドライバーよりも若年ドライバーのほうが実は多いのです。高齢者に免許返納を一律に促すのは理にかなっていませんし、返納が全てを解決するわけではありません。『運転してはいけない』社会ではなく、事故を起こしやすいドライバーを見極めつつ、『運転してもいい』社会づくりを目指すべきです」

 政府は11月、国内で販売される新車に衝突被害軽減ブレーキ(自動ブレーキ)の取り付けを義務づける方針を固めた。車が事故防止をアシストしてくれれば、高齢者も安心して運転できる。一方で、自動運転とは異なる視点での車の研究開発が進められている。

「ドライバーと車が“協力”することで、安全で快適な運転に進化できるシステムの開発を目指しています」

 そう語るのは神奈川工科大の井上秀雄教授(自動車制御工学)だ。元々はトヨタ自動車の社員。横滑り防止システム(ESC)などの車両制御システムの開発に携わっていた。事故防止のためには、現在主流となっている自動運転車とは違う方向性の車が必要なのではないかと考えたという。

「現状の自動運転車は、センサーで認識した物に回避制御するが、陰からの急な歩行者の飛び出しなどは、見えてからでは遅い。もっと前の段階で危険を察知することはできないか。それが開発中の『自律運転知能システム』です」

 軸となるのは「先読み運転知能」の開発だ。誰もが免許取得の際に教習所で「かもしれない運転」を心がけることを教わったはずだ。歩道から歩行者が飛び出してくるかもしれないし、見通しの悪い交差点で車が速度を緩めずに進入してくるかもしれない。こうした危険を予測するべく、井上教授をリーダーとする産学連携プロジェクトではタクシー運転手の協力を得た約14万件の「ヒヤリハットデータ」(東京農工大管理)を知能化。事故が起きやすい地点や時間帯、路上駐車が多い地域などを先読み運転知能に学習させることで、ヒヤリとする前に速度を落としたり、ハンドルの切りすぎを戻したりといったことが可能になる。いってみれば、「熟練ドライバーが助手席に座っているイメージ」(井上教授)だ。

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