「花はケチらんといて」 ホスピス院長が語る“看取りの現場” (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「花はケチらんといて」 ホスピス院長が語る“看取りの現場”

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徳永進週刊朝日#病院
診療所を訪れた詩人が壁に心に残る言葉を記している (野の花診療所提供)

診療所を訪れた詩人が壁に心に残る言葉を記している (野の花診療所提供)

季節感を大切にする野の花診療所。秋には石蕗(つわぶき)が一隅を彩る (野の花診療所提供)

季節感を大切にする野の花診療所。秋には石蕗(つわぶき)が一隅を彩る (野の花診療所提供)

 山陰・鳥取の一角に野の花診療所はある。開かれてもうすぐ19年目。19床のホスピスケアの拠点は、それぞれの患者なりの過ごし方をともに探る。徳永進院長がのっぴきならぬ患者に寄り添う日々を綴った。

【写真】季節感を大切にする野の花診療所

*  *  *
 もう3カ月になる。一緒に見た人の多くは世を去った──

 鳥取市では8月15日のお盆の日、千代川河口近くで打ち上げ花火大会が開かれる。今年は台風10号がやってきて、18日の日曜日に延期になった。

 18日の夜8時前、診療所の屋上にはベッドで寝たままの患者さん、車椅子に乗って上がってきた患者さん、家族に手を取ってもらい杖をつきながらやってくる患者さんたちが、それぞれに集まってきた。

「ドーン、シュルルー、ドンドン、パッパッパー」

 夜空が明るく花開いた。診療所の屋上は障害物がなく正面の花火と向き合える。一瞬の華やかさ、そして儚(はかな)さを皆が感じ合う。そして屋上での1時間が過ぎると、皆、元の部屋へと帰っていく。

 がんの末期のヨシ子ばあさんは、家族も見えず、ひとり病室で花火の端と音に向き合い、つぶやいた。

「わしはここでええ。障子開けたら、花火の端、きれいに見える」

 さて今回は皆さんと、とっつきにくい死の中に一歩踏み入り、死の別の一端を一緒に考えてみたい。

■右手に句、左手にスピリッツ

 いろいろな部門で近代化が進んで、

「最後、人間に残ってるものって、性と死じゃない」

 と言った詩人がいた。一瞬、自分の錆びた思考回路の点検を要したが、詩人は見抜く!と次の瞬間に思った。

 その死だ。死ぬって、なかなか大変なことだと思う。

「痛いのはイヤだけど、死んだことないので、ぼく死ぬって楽しみ」

 と詩人は言った。また一瞬、錆(さ)びた思考回路に油を噴霧してみた。ここまで言える詩人はやはり異星人か、普通の姿してるけど。死はやはり大変。でも人はそれをやり遂げる。その死に敬礼! その命に敬礼!

 その死を看取るって、これもまた大変。死を看取る看護師に医師に介護士に救急救命士に、そして家族、大変だと思う。ふっとなぜだか、この句が浮かぶ。「水脈(みお)の果て 炎天の墓碑を 置きて去る」(金子兜太・2018没)。


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