警視庁に逮捕された元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(c)朝日新聞社
警視庁に逮捕された元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(c)朝日新聞社

 引きこもりだった51歳の男が神奈川県川崎市で20人を殺傷した事件に連鎖するように、元農林水産事務次官の沢英昭容疑者(76)が6月1日、引きこもりだった長男(44)を自宅で殺害するというショッキングな事件が起こった。

 熊沢容疑者は警視庁の調べに対し、川崎事件に触れ、「長男が子どもたちに危害を加えてはいけないと思った」と供述しているという。

「事件当日、長男が『小学校の運動会がうるさい』と言い出し、熊沢容疑者がたしなめようとしたら、『ぶっ殺すぞ』と反発。小学校に乗り込むという言動があり、思い詰めて犯行に及んだようだ。長男はずっと引きこもり、暴れるなど家庭内暴力が続いていた。熊沢容疑者は自分や妻の身の危険も感じていたと話している。長男への刺し傷は10か所以上で、腹や胸に集中していることから、かなりの覚悟を持っての犯行のようだ」(捜査関係者)

 熊沢容疑者のように、引きこもりの当事者が家族に暴力を振るうため、家族が危機感を抱き、殺してしまったりする事件はこれまでもあった。 逆に当事者が家族の言葉に逆上して、殺してしまったケースもあるという。

 20年間引きこもっていた経験があるという一般社団法人「ひきこもりUX会議」代表理事の林恭子さんは、「引きこもりは、ひとごとではない。仕事や家庭でつらいことが二つ、三つ重なって心身にダメージがあれば、人に会いたくない、自宅にこもっていたいとなると思う。これは一つの防衛反応」と話す。

 KHJ全国ひきこもり家族会連合会事務局の森下徹さん(51)は、これまでに二度引きこもった経験がある。

 幼稚園の頃から友達とはうまくいかず、高校の時も色々なことが重なり不登校に。卒業して大学に進んだが、また不登校になり、20歳までの2年間引きこもった。その後、いったん回復するが、20代の途中から12年間引きこもった。

「アルバイトとか就職とかは自信がなくて。対人恐怖症的なところがあった。今もそう。人が怖い。人の目を見て話すのが怖い。引きこもっている間は『このままではよくない』と『諦め』の間で揺れていた。最後の方は諦めていたぐらい。家族とうまくいかなかった時とかは、死んでもいいな、と思うことはあった」

 現在は当時よりは良くなっているが、85歳の父親とはあまりうまくいっていないという。

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上田耕司

上田耕司

福井県出身。大学を卒業後、ファッション業界で記者デビュー。20代後半から大手出版社の雑誌に転身。学年誌から週刊誌、飲食・旅行に至るまで幅広い分野の編集部を経験。その後、いくつかの出版社勤務を経て、現職。

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吉崎洋夫

吉崎洋夫

1984年生まれ、東京都出身。早稲田大学院社会科学研究科修士課程修了。シンクタンク系のNPO法人を経て『週刊朝日』編集部に。2021年から『AERA dot.』記者として、政治・政策を中心に経済分野、事件・事故、自然災害など幅広いジャンルを取材している。

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