原点は戦後の闇市 日本が誇る「インスタントラーメン」の60年 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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原点は戦後の闇市 日本が誇る「インスタントラーメン」の60年

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吉川明子週刊朝日
「カップヌードルミュージアム 横浜」の「NOODLES BAZAAR─ワールド麺ロード─」でミニチキンラーメンを味わう小川紗良さん(早稲田大学文化構想学部4年、2016年8月5日号本誌女子大生表紙モデル)。俳優、映画監督として活動し、9月29日には監督作

「カップヌードルミュージアム 横浜」の「NOODLES BAZAAR─ワールド麺ロード─」でミニチキンラーメンを味わう小川紗良さん(早稲田大学文化構想学部4年、2016年8月5日号本誌女子大生表紙モデル)。俳優、映画監督として活動し、9月29日には監督作

「お湯があればすぐ食べられる!」。そんな夢のような商品が誕生したのは60年前のこと。インスタントラーメンは今や世界中で愛されている。10月からは、日清食品創業者・安藤百福・仁子夫妻をモデルにした朝ドラ「まんぷく」もスタート。どんな歴史を歩んできたのか。インスタント麺研究家・大山即席斎さんにその足跡を聞いた。

【写真特集】懐かしい!インスタントラーメン60年史大解剖

【1958年8月25日・世界初のインスタントラーメン誕生】
■お湯だけで作れる麺は戦後の闇市が原点
戦後、食糧難だった日本。闇市の屋台で温かいラーメンを求める行列を見た日清食品創業者の安藤百福氏が、「家庭で手軽に食べられるラーメンを作ろう」と決意。自宅裏庭に建てた小屋で、長期保存できて飽きのこない味を追求。1958年8月、満を持して世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発売した。

【1960年代・インスタントラーメン戦国時代】
■即席麺メーカーの熾烈な戦い
チキンラーメンのヒットで即席麺メーカーが乱立。粗悪品も現れたが、安藤百福氏が業界の取りまとめに奔走した。チキンラーメンのような味付き麺が占めるなか、62年に初めてスープ別添の「明星ラーメン」が登場。また、68年発売の「サッポロ一番みそラーメン」は、みそ味を日本中に広め、定番の味に押し上げた。

【1971年・立って食べられるカップヌードル登場】
■鍋も丼も不要! 立って食べる姿がかっこいい
アメリカ人がチキンラーメンを割って紙コップに入れ、お湯をかけてフォークで食べている姿に安藤百福氏が着想を得てカップ麺を開発。71年に「カップヌードル」が誕生した。はじめは警察や自衛隊など深夜勤務のある業種から売り込みを開始。72年、「あさま山荘事件」の現場中継中に機動隊員がカップヌードルを食べていたことで、人気に火がついた。

【1980年代前半・高級化するインスタントラーメン】
■“中国四千年”の幻の麺が巻き起こした旋風
81年に登場した明星食品の「中華三昧シリーズ」は、大きなインパクトを与えた。当時、中心価格帯が60~70円だった袋麺が、こちらは120円とほぼ倍。中国料理を代表する地名を前面に出し、本格高級中華らしさを印象付けた。ここから「高級麺ブーム」が始まった。「大学時代にこれが発売されてハマり、ほぼ毎日食べていました!」(大山さん)


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