いったいなぜ、現代の若者は横一列に並びたがるのだろうか(※写真はイメージ)いったいなぜ、現代の若者は横一列に並びたがるのだろうか(※写真はイメージ)
 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「ちん」。

*  *  *

 わけあって、ママチャリに乗っている。

 ママチャリといっても、ただのママチャリではない。アシスト(電動機)つきの高級ママチャリである。

 当初、アシストつきなどというものは自転車ではないと思っていたので、購入に猛然と反対した。だってそうでしょう。自転車は自分で転がるからこそ自転車なのであって、モーターの力で転がったりすれば他転車になってしまう。

 かつて、二週間かけて東北を一周したこともあるサイクリストにとって、アシストつきは自転車界の外道でしかなかったのである。

 ところが妻太郎(妻のこと)は、強硬に購入を主張した。運動が大嫌いな彼女は、昭和君(息子のあだ名)を乗せた重たい自転車なんて運転する自信がないと言うのである。

 しかもアシストつき自転車は、普通のママチャリの何倍もするのだ。

「そんなもの必要ない!」

「それじゃあ、保育園のお迎え行けないからねー」

 不承不承、購入に同意した。日本人の足腰は弱くなったのだ。いや、自転車にモーターなんかくっつけるから弱くなるのだ。

 だが……。

 寝返ったと言われるかもしれないが、いや、実際寝返ったのだが、いまや、モーターのついてない自転車なんて考えられないほど、アシスト君が好きになってしまった。昭和君を前かごに乗せた状態でもスイスイ走れるし、坂道で踏ん張る必要もないんである。

 もう、絶対に手放せない!

 しかし、この自転車にはひとつだけ難点がある。それはベルだ。

 ハンドルから手を放さずにベルが鳴らせるようにという配慮だろうが、アシスト君のベルはハンドル一体型の回転式なのである。

 音がよくない。チーンと涼しげに響くのではなく、チンと詰まった音がする。いや正確に表現すれば、ちん、である。

 
 先日、愛車アシスト君を駆って多摩川のサイクリングコースを疾走している時のこと。前方に白い体操着を着た大集団が蠢いているのが見えた。近所の高校のマラソン大会らしい。

 接近してみると、サイクリングコースを完全に塞ぐ形で横一列に広がった男子高校生の壁が、前方二キロ近くまで層をなしていた。まったく前に進めない。道端に立っている教師たちは、ちっとも注意しない。

 最後尾の壁の後ろにつけて、ベルを鳴らした。

 ちん、ちん、ちん、ちん!

 壁の中のひとりが言った。

「ちん、だってよ」

 全員が爆笑した。大センセイの中で何かがキレた。

「おい、いま、ちんって言ったの誰だ?」

 壁が沈黙した。知らんぷりを決め込んで走り去ろうとする。アシストモーターが唸った。

「待て、ちゃんと謝れよ」

 教師がすっ飛んできた。壁の中のひとりが立ち止まると、俯き加減で謝った。その間に、残りの壁は全員走って逃げてしまった。

 いったいなぜ、現代の若者は横一列に並びたがるのだろうか。最近、横一列の光景にいたるところで出くわす気がする。

「横一列になる気持ち、よくわかりますよ。一歩前に出ても目立つし、一歩遅れても目立つ。それを避けるには、横一列に並ぶしかないんですよ」

 若い友人がこう解説してくれた。つまりあの高校生たちは、傲慢さゆえに道を塞いでいたのではなく、小心さゆえに横一列に並んでいたというわけか。ちん!

週刊朝日 2017年11月17日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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