「府議会でも申し上げたが、一切の過失はない。そもそも、森友学園の小学校の条件付き認可適当は、まったく認可じゃないのよ。途中で条件に合わなければ即、認可取り消しになる。あるいは認可保留になる。ただ、当時の段階では認可しないという積極的な理由がないから、一応ゴーだったけど。最後に認可基準に合ってなければアウトだからね」

 梶田氏はこう「認可適当」と判断した背景をまくし立てた。しかし、学校用地は「自己所有」を原則とする府の審査基準を満たさないまま答申を出したことは、異例といわれている。

 翌日に昭恵氏が「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に就任したことを伝えると、梶田氏は神妙にこう答えた。

「次の日に? そういうことですか。(疑惑を持たれるのは)そりゃわかるわ。はっきり言うと、昭恵さんが教育勅語に興味あることも全然知らなかったし、幼稚園に興味あることも知らなかった。名誉校長になったのもずいぶん後になって聞いた。その年の12月じゃないかな。定例の審議会の時に聞いたんじゃないかな」

 梶田氏は突然降って湧いた“疑惑”に対し、恨み節も口にした。

「もう腹立たしいよ。こんなアホなことにはまりこむと。私は日本会議とも関係ないし、籠池さんとも面識はない」

 15年9月3日から5日までの3日間は、森友学園問題をめぐる国有地取引の深層を解く鍵となる。9月3日は安倍首相が当時の財務省理財局長だった迫田英典氏と面会。4日は、近畿財務局で国土交通省大阪航空局と、森友学園から校舎の建設を請け負った業者らが国有地の地下埋設物の撤去費用をめぐって交渉を行った。また、当日は安倍首相が安保法制の国会審議を欠席し、大阪入り。読売テレビの情報番組に出演した。加えて昭恵氏が私学審議会の会長に会っていたというから、単なる偶然にしてはできすぎた話に思える。あまりにも時宜にかなっているだけに、昭恵氏の“主犯説”が持ち上がったが、真相は藪の中だ。

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