東尾修「イチローに良い思い出はない」 その理由とは? (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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東尾修「イチローに良い思い出はない」 その理由とは?

連載「ときどきビーンボール」

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右越え三塁打を放ち、大リーグ通算3千本安打を達成したイチロー=8月7日(日本時間8日)、米国コロラド州デンバー (c)朝日新聞社

右越え三塁打を放ち、大リーグ通算3千本安打を達成したイチロー=8月7日(日本時間8日)、米国コロラド州デンバー (c)朝日新聞社

 西武ライオンズで監督を務めた東尾修氏は、イチローの米通算3千安打に「恐れ入る」と絶賛する。その理由とは?

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 マーリンズのイチローが米通算3千安打を達成した。28歳になるシーズンで海を渡ったのに、こんな記録を打ち立てるなんて、本当に頭が下がる思いだ。

 私が西武の監督になったのは1995年。イチローが日本プロ野球初の年間200安打を達成して大ブレークした翌年だった。はっきり言って、イチローに良い思い出はない。とくにオリックスの本拠地の神戸ではよく打たれた。心が晴れずにホテルで沈んでいた記憶もある。

 審判に説明を求めたこともあったな。左打席に立つイチローの踏み出した右足が、ホームベースに届きそうなくらいバッターボックスからはみ出ていた。白線が消えていたから、「足が出ている」とアピールしたが、球審は「かかとがバッターボックスに残っている」と言った。それだけ強烈に踏み込んでいたわけだ。投手には「イチローのひざから下」への投球を指示した。しかし、内角低めに正確に投げ続けられるわけではないし、イチローはきわどい球を避けるのも本当にうまかった。

 ストライクゾーンは当然のこと、ストライクからボールゾーンにはずれる球も打ち返された。それでは投げる球はないよ。高めのボールからストライクに入る球でたまたま打ち取れることがあっても、それを意図して投げるわけにはいかない。

 私が投手ならどう勝負するかと考えたとき、今年、野球殿堂入りをはたした故・榎本喜八さんのことを思い出した。「安打製造機」として首位打者も獲得した榎本さんとは72年に西鉄で一緒にプレーした。フリー打撃の際、スローボールを打ち返すタイミングがずれていた。完璧な打撃フォームで打つ選手だったから「この球なら打ち取れるな」と思った。もし、私がイチローと対戦していたら「スローボール」を投じていただろうな。

 日本シリーズのような短期決戦なら、徹底した攻めも有効かもしれない。ただ、長いシーズンでは、打ち取るパターンを見いだせない選手だった。前の年に内角高めが弱点だったとしても、翌年にはそのゾーンを得意とするくらい変化していた。毎年のように弱点を克服する柔軟な対応ができるから、メジャーでも、10年にわたって連続200安打を記録できたのだと思う。


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