そんなダ・ヴィンチのひねくれ具合は作品を見れば一目瞭然。俺にしか描けないものを描く、とばかりに、当時流行のキラキラした絵画のまねは絶対にしませんでした。実物よりきれいに仕上げて当然の女性の肖像画でさえ、見た通りのままに描いて、依頼主からクレームを受けたりすることもあったはず(笑)。他人からどう思われるかなんて気にしない。それよりも、画法から何からすべて、自分が何を生みだすのか、俺自身が楽しみで仕方がないっていう人なんです。

 みんなが部屋に飾りたいと思うような絵ではないものをあえて描いているところが、ダ・ヴィンチらしくて私は好きですね。

■来日作「糸巻きの聖母」の見どころ

 幼子イエスを抱く聖母マリアを描いた作品です。

 特徴は、実際より比率が大きく描かれている聖母の手。手のデッサンも多く残しているダ・ヴィンチだけあって、じつに表情豊かです。でも、この手の描き方は、ダ・ヴィンチのオリジナルではないと私は思っています。日本では知名度が低いですが、私が好きなシチリア出身の画家、アントネッロ・ダ・メッシーナが、この絵の50年前(15世紀)に描いた「受胎告知の聖母」に影響されていのではないかとずっと考えているんです。「受胎告知の聖母」は「モナ・リザ」にも通じるものがあるので、ぜひ見比べてみてください。

 そして、注目したいのはじつは自然描写。イエスがもたれている岩は地層学的にも正確に表現されているそうですし、背景も非常に丁寧に描きこまれています。職人として定番の聖母図を描いているけれども、ダ・ヴィンチ自身の興味は自然科学に向いているのが垣間見えて面白いですね。

■特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の挑戦」
4月10日(日)まで
江戸東京博物館(東京都墨田区横網1-4-1)
http://www.davinci2016.jp

ヤマザキマリ
1967年東京都生まれ。84年、17歳で単身イタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で、美術史と油絵を学ぶ。97年漫画家デビュー。古代ローマの浴場設計技師を主人公に描いた「テルマエ・ロマエ」が空前のヒットとなり、2010年、マンガ大賞、手塚治虫文化賞短編賞を受賞。ほか漫画作品に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『スティーブ・ジョブズ』など、著書に『ヤマザキマリのリスボン日記』『国境のない生き方』『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』などがある

週刊朝日  2016年3月11日号に加筆修正