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現役女子高生ラッパー玉名ラーメン 忘れたくない思いを音に残す
玉名ラーメン(本人提供)
2作目のEP「organ」(本人提供)
玉名(たまな)ラーメンというアーティストがいる。本名は公開していないが、東京に生まれ東京に暮らす、まだあどけなさを残した18歳の現役女子高生だ。
1年前はほとんど知られざる存在だった。今年に入り、積極的に作品を発表するようになってから、多くのミュージシャン、ライター、編集者らが注目するようになり、生演奏の場に呼ばれる機会が増えた。この夏も引っ張りだこの人気で、これから間に合う公演だけでも、新木場スタジオコースト(8月25日)、渋谷WWW X(8月30日)など東京都内の人気のライブハウスで開催されるイベントに出演することが決まっている。
彼女はラッパーと紹介されることが多いが、そのパフォーマンスや作品は一般的なイメージのラッパー、ヒップホッパーの域からはみ出たもので、どちらかというとポエトリー・リーディング(朗読)にも似た側面がある。自力で覚えたPCの音楽制作ソフト(Garage Band)を駆使して作るバック・トラックに、自作の日本語詞を乗せて完成させた曲は、一聴すると少し寂しげで翳(かげ)りのあるタッチだが、聴く人の遠い記憶をゆるやかに喚起し、目の前にある風景を鮮明に脳裏に刻みつけていく。矛盾した言い方だが、まるで夢を見ながら覚醒していくような歌、音楽なのだ。
自ら音楽を作り始めたのは高校に入ってから。もともと言葉を編み出すこと、歌うことに自覚的だったことから、学校の合間や移動時間に詩を書くようになったという。そこから、今度はラップの自由なスタイルに惹かれ、楽器も機材もロクに触ったことがなかったが、見よう見まねでトラックを作って自らラップするようになっていった。
影響を受けた音楽、アーティストは特にいない。よく知らない国の音楽や、よく知らないアーティストの投稿動画をYouTubeで観るのが好きで、そこから刺激を受けているという。近年、CDなどの独立した音盤ではなくYouTubeをプラットフォームにして音楽を制作する若い世代は少なくないし、作品をまずはインターネット上で発表するアーティストも増えている。
けれども玉名ラーメンはそうした手法以上に、「何者が作ったかわからない作品が混在しているからこそ面白い」という感覚からYouTubeを利用しているのだという。
今年2月に初めての4曲入りEP「空気」を配信とストリーミングで発表。CDのリリースはない。ただし、ライブ会場や一部のショップでは自作のZINE(ファンジン。写真や文章などを掲載した自主制作の冊子)に同じ内容のEPをつけた形で販売している。このZINEがまた彼女にとっては重要な表現手段だ。自ら撮影したスナップや手書きの文字(歌詞)が自由にレイアウトされたそのZINEをめくりながら、幻想的かつ抽象的な曲、ちょっと舌足らずだけど言葉がスッと耳に届く歌を聴いていると、「この歌、記憶にとどめておきたい」という感情が沸き起こってくる。
彼女は言う。
「忘れたくない、という想いが他人より強い。忘れたくないから音にしているし言葉にしている。人間なので忘れちゃうんですけど、忘れちゃうのが怖いし悲しいから、絶対忘れたくない」
その一方で、彼女は忘れてもいいもの、葬り去った方がいいものには毅然とした態度で臨む。鋳型にはめられることに対しては、徹底的に抗(あらが)う。
“らしさなんてうるせえ 投げかける常識へのquestion 未来 過去 そして今 自分の色自分で決める”(「own」から)
iPhoneのメモ機能を使い、ふっと思いついた言葉や表現をササッと記録していく。そうして言葉の断片から発展していった彼女の歌詞は、過去の記憶と現在の景色とが見事なコントラストで描かれたものだ。人間の記憶は日々どうしたって薄れていく。脳細胞が生きている以上、どれほど鮮明な記憶であったとしても、新しくインプットされた情報が上書きしていってしまう。しかし、玉名ラーメンはそこに抗おうとして、忘れたくない思いを音に残していく。忘れたくないのに忘れていってしまう宿命に苛(さいな)まれながら、音に記憶させていくのだ。
彼女の作品は、今日起こった出来事、出会った人、思ったこと、感じたことなどを淡々と綴っているものも多い。だが、それは安易な情緒などではなく、忘れないための行動でもある。そのきっかけとなったのは彼女の祖父の死。リスペクトしていた亡き祖父と“共演”すべく、祖父の声を逆再生した音声を用いた「genome(ゲノム)」という曲を昨年9月に作った。
“私にくれたもの、私にくれた愛、全部覚えてる genome”(「genome」から)
個体から個体へと受け継がれる遺伝子を意味するゲノムになぞらえつつ、血縁であること以上に、祖父との交流で受け取ったものこそ忘れたくないと綴る彼女。それは祖父の遺志を継承し、表現者として生きていく決意表明のようでもある。実際にこの曲を完成させてからの彼女は、より自覚的に活動をするようになっていく。
7月14日に配信で発表された2作目のEP「organ(オルガン)」は、8月27日にZINEと合わせた形でライブ会場、通販、ショップなどで販売される予定だ。また、ヒップホップでアジアを接続するという企画の一環で、10月14日まで愛知芸術文化センターで開催されている企画展「アジア主義の三つのテキストの朗読」にも参加。そこでは英語と日本語字幕とセットになった映像として彼女の作品も展示されているという。
単なる女子高生ラッパーとしての玉名ラーメンではなく、思い出を残そうとする一人の人間としての玉名ラーメンの存在を、私も2019年夏の記憶として脳裏に刻もうと思っている。(文/岡村詩野)
※AERAオンライン限定記事
AERA
2019/08/10 17:00