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中学受験は手に負えない大きな化け物! 家族で奮闘する姿を紡いだ理由とは? 話題の『問題。』の著者・早見和真に問う
「早見和真が最も描きたかったものとは、何か」(写真 佐藤創紀/朝日新聞出版写真映像部)
中学受験にともに奮闘する親子の心情をリアルに描き出した『問題。以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』が話題だ。
主人公の長谷川十和は、小学校6年生の女の子。楽しい母、優しい父、可愛い妹……。「絵に描いたような幸せな家庭」で暮らしながら、なぜこれほどまでに心が荒むのか。頑張りたいのにスイッチが入らない、ヒリヒリとしたもどかしさ。
作者・早見和真が最も描きたかったものとは? 作家として世に問いたいテーマとは? 話を聞いた。
* * *
ずっと描きたかった「父と娘」の物語
作者の早見和真さん自身、中学3年生の娘を持つ父親だ。
「デビューした頃から、父と娘の小説を書きたいと思っていたんです。父と息子、母と娘の物語は多いけれど、父と娘の物語って少ない気がしていて」
書きたいと思いつつ書けずに時間が過ぎ、やがて自身も結婚して娘が生まれた。
「娘という存在ができて、やっと少しわかったんです。父と娘って、思っていたほど物語がないぞって(笑)」
作中の、長谷川家の父娘は、ともに中学受験に立ち向かうことで関係性が変わってゆく。では早見家の父と娘もそうだったのだろうか?
「僕と娘は、彼女が生まれてからもうすぐ高校生になる今日まで、たぶん仲はいい方だと思うんです。だけど、ずっとこう、親子の間に半紙一枚挟まっている感じが拭えなくて」
対して、妻と娘はより密接だという。本音をぶつけ合い、喧嘩をし、互いに不満を抱き合っている。そして早見さんのお嬢さんも中学校を受験した。そのときの経験が本作の誕生を後押しした。
「12歳で、彼女は生まれて初めてのわけのわからない、中学受験という理不尽なバケモノに挑戦しなくちゃならなくなった。それまでずっと、お互いに向き合う形で生きてきた僕ら父娘が初めて共通の敵を迎えて、同じ方を向いたという気がしました。その時に『あ、これは家族にならざるを得ない瞬間だぞ』って思ったんですよね。この瞬間を物語として切り取りたいなって」
「受験にまつわるいろいろなルールが信じられませんでした」と語る、早見和真(写真 佐藤創紀/朝日新聞出版写真映像部)
たった12年の人生経験から、進む道を自ら選ぶ難しさ
「僕は自分のワガママで娘を翻弄しているという負い目がずっとあったんです。彼女は僕が作家デビューした一年後に都内で生まれたんですが、当時はどうしても執筆のために東京を離れたくて、伊豆半島の河津町というところに引っ越しました。そこで彼女は楽しく育っていたんですけど、幼稚園を出るタイミングでまた僕が勝手なことを言い出して、さらに縁もゆかりもない愛媛県松山市に移住します」
ついていく家族も大変だったと思うが、そんな娘に、この父はさらなる難題を言い渡していた。
「『申し訳ないけど、12歳まではこうしてあなたの人生を翻弄することになる』って、彼女が物心ついた頃からずっと言い続けていました。『その代わり、中学校は世界中の学校から好きなところを選んでいい』と」
とはいえ、小学生の少女に世界を簡単に想像できるはずもないこともわかっていた。
「おそらく妻と娘とで話し合ったんだと思うんですけど、小6の夏休み前に『東京の学校に行きたい』と言い出したんですよね。えー、つまらなくない? と真っ先に思ってしまったんですけど、約束は約束だったので。受け入れることに決めました」
お嬢さんは見事志望校に合格し、家族は今東京に住んでいる。
「受験にまつわるいろいろなルールが信じられませんでした。たとえばたくさんの学校を見学して、志望校を決めるということすら僕はピンとこなかった。子どもはその学校の何を見るのだろうって、自分の子ども時代に照らし合わせてみたら本当に理解できなくて。親が『いい学校だね』と言えば、子どももなんとなく『いい学校なんだ』と思うようになる気はします。でも、僕はその誘導を正しいこととは思えなくて。その刷り込みにどういう意味があるんだろうって」
「これが仮に『親の希望する学校に入ったら必ず幸せになれる』という保証があるなら、僕もいろいろと誘導したと思うんです。だけど、第一志望に落ちたおかげで幸せになる可能性だって同じだけあると思ってしまう。たとえ世間的に評価の低い学校だったとしても、そこで生涯の友達や恩師に出会えるかもしれないわけで。そこはもう運でしかないのではないかと」
「結局、突き詰めると、僕は娘に幸せな人生を送ってほしいだけなんですよね。そのために必要なのは、べつにいい学校に入ることじゃなくて、たとえば自分の頭で考えられることだったり、自分自身で人生を切り拓いていける力なんだと思うんです。どうしたらそこに近づくことができるのか。もちろん「一生懸命がんばること」という前提は必要とすると思うのですが、それだって疑わなきゃいけないのかもしれない。『がんばらずに生きていけるなら、そっちの方が幸せじゃん』という弁に立ち向かえる言葉を僕は持っていない。いずれにしても、受験の合格・不合格より大事なことはたくさんある気がしちゃうんです。それが何なのか、親としても自分の頭で考えなくちゃいけないんじゃないかって」
「家族」の結びつきとは
本作に登場する長谷川家の父娘は「半紙が7、8枚挟まっているぐらいの距離感」だ。
「このお父さんは妻のことが大好きで、娘のことも心から愛している。父親として、娘の人生に関わりたいとずっと思っているんだけど、しようとすればするほど、煙たがられてしまう。世の中に山ほどある父と娘の構造だと思います」
「そこに、娘にとって人生初となる中学受験という試練が訪れる。父親として、娘の希望は叶えてあげたいけど、その願いが叶ってしまえば家族は離ればなれになってしまう。それはこのお父さんがもっとも望んでいない未来です。そんな葛藤を乗り越える父親の姿と、少しずつ心を通わせていく娘を描きたかったんですよね」
そんな父娘をみつめる母親もまた物語のキーマンだ。母親も、自分の母親(娘から見たら祖母)との折り合いに悩んでいる。早見さんによれば、「祖母・母・娘の親子3代の関係性」はもう一つの裏テーマだったという。
母 「『お前は何が不満なんだ』って、私もしょっちゅう(おばあちゃんから)言われてた」
娘 「それ、私がお母さんによく言われてることじゃん」
マトリョーシカ人形のように、そっくりな姿で連綿と続く親子。手探りで、互いを思い合いながら奮闘する姿をみていると、副題にある通り「理想の家族って何だろう」と考えさせられる。
「悩んで自問自答することは自分に刃を向けることと同義」(写真 佐藤創紀/朝日新聞出版写真映像部)
思考停止社会から抜け出すために
「さっきも言いましたけど、僕は『自分の頭で考えること』を本当に大事だと思っています。でも、自分で考えること、悩んで自問自答することって、自分に刃を向けることと同義だと思うし、しんどいというのもわかっている。だけど、やっぱりそれを拒んではいけないと思ってしまうんです」
自分の頭で思考することと、世の中がどんどん息苦しくなっていること、そして本が読まれなくなっていることは相関関係にある気がする、とも話す。
「本を読むことで、自分ではない誰かの思考や人生を追体験する。それは負荷のかかる作業なのかもしれないけれど、みんながその苦しい作業を拒否して、ラクをしようとしすぎた結果が今のこの状態なんだとしたら、この『今』が正解なはずはないと思うので」
自分の考えとは違う意見に出会い、受け入れるのは、確かに努力を要する。自分が正しいと信じて疑わない人ほど、SNSなどの仮想空間で相手を裁こうとする。
「ものごとを単純化しすぎて、すべてを白か黒かで仕分けてしまう。『あわい』がなくなってますよね。この物語の主人公の十和だって、やる気なく惰性で塾に通っていたころは、大人というものをひとくくりにして見くびっていたと思うんです。受験までの一年を通じて、彼女が得たもっとも大きな気づきは『捨てたもんじゃないと思える大人もいる』ということなんじゃないのかな」
「ヒステリックに子どもを勉強に向かわせようとする親が、カッコイイわけがない。かっこよく生きている姿を見せることのほうが、いいとされる学校に導くよりずっと大事。どうせ伝わらないと諦めそうになりますけど、子育ても、執筆も歯を食いしばってがんばります」
愛する娘のために、世知辛い東京に暮らす父・早見和真は、「彼女が高校を卒業するまであと3年。東京暮らしに耐え忍んで見せますよ」と笑う。
いい学校には入ってほしい。しかしそれが本当にわが子の幸せなのか? 親も子も、迷い、考え、衝突し、模索する。そんな「普遍なテーマ」を、早見和真の著書『問題。』は私たちに問いかけてくる。

今の時代に響く「ホラー作品」とは? 【第4回 朝日コミック大賞発表!(ホラー・サスペンス部門)】
「HONKOWA-ほんとにあった怖い話-」「Nemuki+」は朝日新聞出版で長年愛され続けている漫画誌だ。
どちらもホラー、心霊、スピリチュアル、ファンタジーといったジャンルで数々の名作、人気作家を輩出してきたが、新たな才能を発掘するべく、2021年から毎年、【朝日ホラーコミック大賞】を開催してきた。
その賞が、このたび大人のタブー恋愛をテーマとする新レーベルの立ち上げに伴い、【朝日コミック大賞】としてリニューアル。その選考会が開催された。
* * *
【朝日コミック大賞2024】は
ホラー・サスペンス部門(大賞作品はNemuki+に掲載予定)
日常×ファンタジー部門(大賞作品はNemuki+に掲載予定)
大人のタブー恋愛部門(大賞作品は新レーベルにて掲載予定)
の3部門。また、それぞれのジャンルで小説形式の原作大賞も用意された。今回はその中からホラー・サスペンス部門(コミック)の選考の様子をお届けしよう。
朝日コミック大賞の選考委員長の伊藤潤二さんの選評に、皆、納得する(写真すべて:東川哲也/朝日新聞出版写真映像部)
前回に引き続き選考にあたったのは、漫画家の伊藤潤二さん(選考委員長)、漫画家の波津彬子さん(選考委員)、「ほんとにあった怖い話」シリーズ(フジテレビ)監修の後藤博幸さん(選考委員)、東宝株式会社映像本部 開発チームリーダーの馮年さん(選考委員)
以上4名に加え、朝日新聞出版コミック編集部の畑中雄介編集長が選考委員として加わった。
今回、ホラー・サスペンス部門のコミックには71作品の応募があった。応募作はすべて、事前にコミック編集部員が「〇、×、△」の評価で一次選考をし、絞り込まれた数作を対象に選考委員が選考会に臨んだ。選考会はコミック編集部員が司会を務めながら進んでいった。結果、決まった受賞作品は次の通りだ。
ホラー・サスペンス部門(コミック)
【大賞】『肌の折り目』(かかり) 賞金25万円
【優秀賞】『不浄建物清掃員林小林』(下川 林) 賞金3万円
ベテランでも苦悩する”結末の難しさ”
伊藤:大賞の『肌の折り目』はSFっぽいアイデアで、無限の宇宙に対してものすごく狭小な、スーツケース大の小宇宙という、ふたつの対比が面白い作品だと思って推しました。絵の感じも好きですし。
司会:無機質な感じの絵柄が、かえって恐ろしさ、不気味さを増していた気がしますね。
伊藤:ただ、ラストはよくわからなかったんですけどね。とにかく恐ろしい、ということだけはよくわかった(笑)
畑中:地球外からの、宇宙の力が働いているらしいことはわかる。え?そんなの逃れようも抗いようもないじゃん、っていう絶望感はありますね。そこで「どうしてこうなったのか」がわからないままに進んでしまう。そんなところもSF的でした。
波津:ああいうラストって、難しくないですか? 伊藤先生もきっと、いつもどう結末をつけるか困ってらっしゃるんじゃないかと思いますけど。
伊藤:ええ。まったくもって(笑)。人のことは言えません。
司会:わけのわからなさを「不気味さ」に持っていけたということでしょうか。
意外性を狙うのはいいけれど……
司会:優秀賞の『不浄建物清掃員林小林』はどうでしょう?
波津:一番ホッとする絵柄でしたね。そのまま雑誌に載っていてもおかしくないクオリティだったように思います。ただ、なんというか、シリーズものの1話目、みたいな感じなんですよ。ホラー漫画として賞に挑戦するなら、先に宿題を残すような作りじゃなくて、読み切り作品としてもっとブラッシュアップしてほしかったかな。
馮年:僕はこの作品、設定が非常に面白いと思いました。事故死や孤独死、他殺の現場になった建物を祓い清める仕事。単に職業であるだけでなくて、組織的で多国籍企業だったり、研修などがしっかりしていたり。独特の道具を使うとかね。
今後もすごく世界観が広がっていきそうな、アイテムや設定がちりばめられている。だからシリーズ化しそうな印象を与えるんだと思うんです。ただ、惜しむらくは、その1話目に”セクシーランジェリーによる事故死”を持ってくるセンスはあまりよくないなと。せっかく設定は面白いのに、読む人によっては拒絶反応を示すかもしれない。
畑中:キャラは立っているんですよね。新人の女の子で、応援したい気持ちにもなれる。だからこそ、なんでランジェリー持って来ちゃった?っていうのが残念で。
波津:主人公は初めて現場に出された見習いで、先輩はまだ来ない。自分ひとりで〝さあどうしよう〟っていうところから始まるんですよね。だったら、その設定とリンクするような事件がほしいんですよ。
せっかく読み手が主人公の心細さに感情移入し始めたところに、いきなりセクシーランジェリーがでてくるから違和感が出てしまう。設定は面白いんだから、もう一押し、別の展開を考えてみませんか?っていうのはアリかもしれません。
畑中:その意味では、担当編集者がついてアドバイスすることで、今後に期待できるかもしれませんね。
今回から選考委員に加わった、朝日新聞出版コミック編集部の畑中雄介編集長
世界観だけでは怖がってもらえない
司会:そのほか『絡新婦(じょろうぐも)』『忘却』『また目があった』『スミカ』などの作品が候補に挙がってきましたが、これらについてはいかがでしょう。
波津:私は絡新婦を次点に推していました。話も世界観もすごくいいんですが、いかんせん絵が届いていなくて残念な結果になりました。
後藤:僕は漫画については門外漢ですが、絡新婦はプロットもしっかりしていて、きちんと決着がついた作品でしたね。
司会:上手い・下手、というよりもしっかり見せようとする力があるか、というのがポイントですね。
波津:世の中、全体的に漫画やイラストの作画レベルが上がっていて、みなさん「上手い絵」は普段から見慣れちゃっているんです。だから〝昔だったらこれでも十分だったよね〟っていう作品はいくつもありますね。
ストーリーも世界観も大事なんだけど、いまどき世界観だけでは読んでもらえない、というのが現状です。今の時代、読むものはいくらでもあるので、絵に嫌悪感があったらそこで離脱されてしまう。ページをめくってくれません。だってほかに、読むものはいくらでもあるんだもの。
馮年:話やキャラはともかく、カット割りというか、演出がうまい人は結構いましたね。僕らが映像作品を作るときにもクリエイターによく言うんですが、演出心は大事です。でも、肝心のキャラクターやストーリーが練れていないと、視覚的な勢いだけでどうにかすることになる。そんなときは演出に凝る前に、脚本を勉強してくださいってよく言います。
波津:力作ぞろいではありましたが、みなさん、自分の世界観を表現するのには絵の部分でちょっと力が足りていない感じがしましたね。
伊藤:やりたいことはわかる。けど、もう一歩がんばってほしいな、という作品が多かった。今後に期待します。

自由度が高いゆえに選ぶのが難しい?【第4回 朝日コミック大賞発表!(日常×ファンタジー賞)】
2021年から毎年実施されてきた【朝日ホラーコミック大賞】が、このたび大人のタブー恋愛をテーマとする新レーベルの立ち上げに伴い、【朝日コミック大賞】としてリニューアル。今回は「日常×ファンタジー部門」(コミック)の選考の様子をお伝えする。
【朝日コミック大賞2024】は
ホラー・サスペンス部門(大賞作品はNemuki+に掲載予定)
日常×ファンタジー部門(大賞作品はNemuki+に掲載予定)
大人のタブー恋愛部門(大賞作品は新レーベルにて掲載予定)
の3部門。また、それぞれのジャンルで小説形式の原作大賞も用意された。
波津琳子さんの優しくも的確なアドバイスに、選考委員たちも納得の表情(写真すべて:東川哲也/朝日新聞出版写真映像部)
* * *
選考にあたったのは漫画家の伊藤潤二さん(選考委員長)、漫画家の波津彬子さん(選考委員)、「ほんとにあった怖い話」シリーズ(フジテレビ)監修の後藤博幸さん(選考委員)、東宝株式会社映像本部 開発チームリーダーの馮年さん(選考委員)の4名に加え、朝日新聞出版コミック編集部の畑中雄介編集長が選考委員として加わった。
日常×ファンタジー部門のコミック応募数は58作品。応募作はすべて、事前にコミック編集部員が「〇、×、△」で一次選考をした。絞り込まれた数作を対象にコミック編集部員が司会を務める選考会が開かれ、意見を交わしながら選考は進んでいった。
結果、決まった受賞作品は次の通りだ。
日常×ファンタジー部門(コミック)
【大賞】『けざやか深夜高速』(ゆうき) 賞金25万円
応募作品全体から漂ってきたのは「同人誌」っぽさ
後藤:ホラー・サスペンス部門、原作部門に比べて悩ましかったのは、この日常×ファンタジー部門でした。作品を読めば読むほど、わからなくなっていって。戸惑いましたね。
波津:応募条件として過去の作品でもOK、とはしていましたが、それにしても全体に同人誌っぽい作品が多かった気がしますね。厳しい言い方をすれば「自己満足」的というか。結末がふわっとしていても許される、甘い描き方。描きたい絵を描いているだけ。
畑中:同人誌からの流用だろうなっていうのはわかりますよね。実際そう書き添えて提出された作品もありましたし。
波津:その点、大賞に選ばれた『けざやか深夜高速』は自分の世界観や伝えたいことをわかってもらいたい、という熱がこもった作品でした。
伊藤:私も『けざやか深夜高速』が一番好感が持てました。ロードムービーっぽいところもあって。夜なのに水の中に入ると明るいとか、そういうイメージ的なところも良かった。
波津:正直、思いが強すぎて画力・構成力がついていけていないところはあります。主人公はなぜ焦っているのか。バスに乗り遅れたら、目の前に不思議な別のバスが現れた…っていう展開なんだけど、その別のバスがあんまり不思議な感じがしない(笑)
後藤:よくわからないんですよね。せっかく異世界につながってそうな場面なら、もっと不思議感を強く出せばいいのに。
馮年:僕は水の中のシーンはとっても美しくて好きでした。
波津:幻想シーンと現実シーンの切り替えがうまくないんですよ。だから読む側は混乱する。
互いの意見をぶつけながら、選考会は進んでいく
どれだけ読者に親切になれるか
司会:優秀賞の『×(バツ)の法廷』はいかがでしょう?
畑中:最も即戦力になれそうなのはこの作者なんです。絵の力も十分にある。編集部内の一次選考ではトップでした。
ただ、最後の落としどころがよくわからない。芥川龍之介の引用だとか、あとがきだとかいろいろと後付けされていて。それが何だか言い訳に見えてしまう。
波津:エンディングのあとに補足資料がついていても、読者は読まないですよね。それがないと成立しないっていうのは、そもそも読者に不親切ですし。
畑中:ユダヤをテーマにした同人誌に掲載したものを投稿してきたらしいんですが、その同人誌のテーマには合っていても、純粋にファンタジー作品として賞に応募するのであれば、これでは読者にストレスがかかるかなあ。もうちょっと結末をすっきりと、明るい方を向けるようにもできたはず。そういう読後感は大切にしてほしいと思いますね。
波津:出だしからちょっとわかりにくいんですよ。飛び降り自殺しようとしているところから入るから、場面が屋上であることは必要不可欠なんだけど、それがあの絵では伝わりにくい。セリフを読んで初めて「ああ、ここは屋上なのか」「飛び降りるつもりなんだ」ってことがわかる。
馮年:なんなら、飛び降りようとしている様子をぐっと引いた絵からはじめてもいい。
波津:そういうベタな表現はしたくないっていう作家さんは結構います。キャラクターの心情が揺れ動く場面なのに、あえて後ろ姿にして顔を描かない人とか。
司会:これだと伝わりにくいですよ、とアドバイスしても聞き入れてもらえないこともあります。
波津:絵のうまい人ほど、他の人のやるようなテクニックは使いたくない、と思いがちなんです。ひとりで描いてると、第三者が読んだ時に伝わるかどうか、わからなくなるんですよね。
雑誌の中の”箸休め”的作品も
司会:大賞・優秀賞のほかには『返礼』『夜の窓』『花の仕事』『たいとる』などの作品に票が集まりました。
波津:『夜の窓』はなんというか、うまいとか下手とかで評価できる絵柄ではなかったですね。ほっこりとしたタッチで文芸作品に添えられているような。ポエムの挿絵っぽい感じ。
後藤:ただ、あまりにも何も起こらない。宇宙(夜空)の壮大さと人の小さな存在感の対比、ということでは、ホラー・サスペンス部門で大賞をとった『肌の折り目』的なものを感じたんですが。何を伝えたかったのかがいまひとつつかめませんでした。
馮年:僕は『たいとる』に注目しました。ごく短い作品で、ワンシチュエーションを描いているんですが「〇〇したい」っていう強い気持ちが鯛の形で現れる、っていうアイデアがとても好きです。
おまけに今回は”自殺願望”というネガティブな「したい」から巨大な鯛を釣り上げる、っていう。不思議なキャラクター設定に、広げようと思えば広げられそうだなっていう期待感はありました。
ページをめくりながら、意見を述べる選考委員たち
波津:その一発ギャグっぽさというか、勢いに乗った一発勝負かどうか、ですね。いろんな作品が掲載されているマンガ雑誌のうちの一作、箸休め的な立ち位置ならいいのかもしれない。
伊藤:よくわからない、不思議な世界=ファンタジーではあるんだけども、発想の面白さだったり、人に訴えかけるなにかが明確にならないと、受賞作としての納得感にはつながらないですよね。

ホラー・サスペンス、日常×ファンタジー、大人のタブー恋愛、それぞれに評価された原作とは?【第4回 朝日コミック大賞発表!(原作部門)】
2021年から毎年実施されてきた【朝日ホラーコミック大賞】が、このたび大人のタブー恋愛をテーマとする新レーベルの立ち上げに伴い、【朝日コミック大賞】としてリニューアル。選考会の様子をお伝えする最終回の今回は「原作部門」(ホラー・サスペンス、日常×ファンタジー、大人のタブー恋愛、ジャンル横断)の選考の様子をお伝えする。
【朝日コミック大賞2024】は
ホラー・サスペンス部門(大賞作品はNemuki+に掲載予定)
日常×ファンタジー部門(大賞作品はNemuki+に掲載予定)
大人のタブー恋愛部門(大賞作品は新レーベルにて掲載予定)
の3部門。また、それぞれのジャンルで小説形式の原作大賞も用意された。
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原作部門の選考にあたったのは、漫画家の伊藤潤二さん(選考委員長)、漫画家の波津彬子さん(選考委員)、「ほんとにあった怖い話」シリーズ(フジテレビ)監修の後藤博幸さん(選考委員)、東宝株式会社映像本部 開発チームリーダーの馮年さん(選考委員)と朝日新聞出版コミック編集部の畑中雄介編集長の5人。
「筒井康隆の短編小説を思わせる作風」と語る、伊藤順二さん(写真すべて:東川哲也/朝日新聞出版写真映像部)
原作部門(ジャンル横断)の総応募数は119作品。応募作はすべて、事前にコミック編集部員が「〇、×、△」で評価。絞り込まれた数作を対象に、コミック編集部員が司会を務める選考会が開かれ、選考委員の5人が選考に臨んだ。
結果、決まった受賞作品は次の通りだ。
【原作大賞】『神のペットを整える』(高遠みかみ)(日常×ファンタジー 原作)賞金25万円
【優秀賞】『ジュリエットは27歳 毒を呑んで、死んだ』(アルダ・ロサ)(大人のタブー恋愛 原作)賞金3万円
大賞は選考委員の満場一致!
伊藤:大賞の『神のペットを整える』はユーモラスで面白かったですね。筒井康隆の短編小説を思わせる作風でした。
変な形の動物(神のペット)が出て来て、舞台はそのトリミングサロン。ところがペットの動きが地球規模の天変地異につながっている、っていうところはSFっぽい。ペットが動くたびに「地球の危機だ!」っていうドタバタがナンセンスでよかったです。
波津:『神のペット…』はコミカライズすることを考えると、一番キャラクターが立ちやすいですね。ただ、描く人が肝心のペットをどうビジュアル化するかにかかってる、という大問題はありますけど。
馮年;『神のペット…』は登場する3人のキャラクターのバランスがとてもよかったんです。主人公が一番冷静で、ちゃんとツッコミ役になっている。ムキムキのペットサロンの店長と、生真面目な先輩と。
波津:求人に応募したのに最後まで流されないんですよね。主人公が。
馮年:ちゃんと最初から布石が打ってあるんですよ。「自分は絶対に嘘はつけない性格です」って面接で話しているんです。その布石が最後のツッコミに生きている。ただノリで書ききったんじゃない、技術を感じました。
「技術を感じる作品」と語る、馮年さん
波津:でもこれ、漫画家さん大変だと思いますよ(笑)。だって「変わった形のペットがやってきた」って文章には書けるけど、それはどんな形なのか、絵にするのは大変ですよ。
司会:変わっていて、それでも可愛くないといけないですしね。
伊藤:見てみたいですよね。
波津:伊藤先生お描きになっては?
伊藤:いやいやいや! 遠慮しておきます(笑)
優秀賞は初登場レーベルの恋愛作品!
波津:『ジュリエットは27歳 毒を呑んで、死んだ』って、タイトル長いですよね(笑)
後藤:最近は長いタイトルで内容を連想させる作品が多いですね。
馮年:十分に筆力のある作者だと思います。
後藤:ただこの『ジュリエットは…』と『あなたがいてくれたから』は漫画としてはどうなんだろう。どちらかというと映画やドラマ、実写で見てみたいかも、とも思います。
届いた作品を丁寧に読んでいく、選考委員
波津:こういう、復讐ものの漫画って最近多くないですか? レディースコミック全盛の頃に、ある程度出尽くした感が無きにしもあらずで。
馮年:女ふたりのキャラクターとセリフ、互いのリアクションがうまく描けていたのはよかったなと。途中でちょっと先の展開が見えてしまう部分もあるんですけど、それでも読ませるだけの力があったように思います。
漫画化しやすい作品・しにくい作品
司会:全般に面白い作品が多かったという原作部門ですが、惜しくも選に漏れた作品にはどんな課題があったでしょう?
波津:漫画で読むとどうなるのか、実写の方がいいのか。あるいは小説のままのほうがいい作品、というのはありますよね。そこが”原作”として評価する難しさです。例えば『月夜に歩く猫の秘密』などは会話劇なので漫画向きとは言いにくい。
伊藤:『ある動画について』は、ストーリーはよくできていましたね。ただ、猫が死ぬ場面は残酷だから絵にしたくないなあと。
司会:動物が死ぬ、というだけで読まない人はいますからね。
馮年:『ある動画について』は動物が傷つけられるというほかに、もうひとつ、決定的に漫画化・ビジュアル化しにくいポイントがあります。復讐劇なんですが、実は”語り手側”が復讐する側なんです。
高校生YouTuberが復讐される側として登場するんですが、両者の立ち位置が明確になるのって、物語のかなり後ろのほうなんですよ。冒頭の方は普通に相手の話を聞いているように見える。
こういう叙述トリックは映像では見せられないんです。実は脅されている側が拘束されている姿は見せられない。なぜなら、そのYouTuberが拘束されていることそのものがどんでん返しだから。
波津:漫画化・映像化が難しいから、いい作品だけど文章のままのほうがいい、ということですね。
馮年:でも、非常に力のある作者なので、この候補作を漫画化するよりも、この人に他の題材を投げかけてどんなものが書けるか見てみたい気はしました。
波津:最近実感しているのが、やっぱり最終的にはキャラなんだな、ということです。どんなに凝ったテーマや設定より、読者にとってはキャラが重要なんです。素晴らしいストーリーよりも、キャラが立っている作品のほうが人の気持ちには残るんですよね。
「いかに魅力的で際立ったキャラを生み出せるか」畑中雄介編集長は話す
畑中:いかに魅力的で際立ったキャラを生み出せるか。それを意外性や納得感のあるストーリー展開に載せて描く。それがほかにライバル(コンテンツ)の多い現在において、評価されやすい、といえるのかもしれません。