「台本なしの映画づくり」と呼ばれる想田和弘監督のドキュメンタリー製作作法。テーマも、キャストも、撮影日数も決めないまま、一人でカメラを回し、音声を録(と)り、目の前で起きる出来事の「観察」にのぞむ。本書はそうした「観察映画」の最新作「牡蠣工場(かきこうば)」の製作過程を通じて、その独特の手法を明らかにしていく。
 撮影中に何が起こるかは、監督自身にも予想がつかない。だからこそ、見たことをどのように映画にまとめるか、監督の「観察眼」が重要となる。今回も「牛窓(うしまど、岡山県)で漁師を撮影する」以外は何も決まっていなかった。現地では漁師や牡蠣工場の人々、そこで働く中国人労働者だけでなく、時にはよその飼いにもレンズを向ける。グローバリズム、高齢化、第1次産業の苦境……。映画を見た人がさまざまな解釈ができるよう、一つの意味に絞り込むことを避けながら撮影し、編集していく。
 本書には監督へのインタビューのほか、監督自身によるコラム、ツイッターでの発言なども含まれる。「記録」とは何か、本の作り方そのものが問いかけているような一冊だ。

週刊朝日 2016年4月22日号