同じ学校、同じ学年、同じ性別。学生時代は重なり合う部分の多かった女たちの多くが、20代後半から分断されはじめる。妊娠・出産する者、親の老いに直面する者。結婚に焦る者、仕事が面白くて恋愛どころではない者……気づけば女たちはそれぞれの人生を歩み始めており、友だち同士でも分かり合えない部分が出てきてしまう。
 そうした女たちの分断を、著者はまるで顕微鏡でも見ているかのように描出してゆく。イラストレーターの「珠子」は「好きなことが仕事になっていいですね」と言われるが、母親とのコミュニケーションに難を抱えており、恋愛もうまくいかない。「他人の幸運はくっきりとよく見えるけど、自分の幸運はもやにつつまれたように、いやもっと濃い、雲の中にいるように、手さぐりで確かめるしかなくて、そこにあるのに、すぐに見えなくなってしまうのかもしれない」。他人からは無い物ねだりと言われそうだが、珠子にとっては切実な問題だ。
 育児の傍ら雑貨屋をオープンさせた「夏美」は珠子の恋バナを聞いて「疑似体験できてうれしい。新鮮。忘れてたものが蘇る感じがする」と言う。夫に子どもに仕事。全てを持っているかのように見える夏美にも、足りないものはある。そして大学職員として働く「かおり」は過干渉な母親に隠れて恋人と同棲していたが、それがバレた上に、恋人のことをけなされてしまう。かおりからすれば珠子のドライな母娘関係が羨ましい。
 彼女たちは「隣の芝生は青い」と思いながらも自分の人生をちゃんと生きている。いまの自分にできる仕事をやり、愛せる人を愛する。そして全ては無理でも友だち同士分かり合える部分があることを大事に思う。同じだから繋がれていたあの頃から、違うから語り合える今への移行は、決してドラマチックではないが、心温まるものだ。名も無き花に心奪われる瞬間があるように、彼女たちの生き方もまた地味だが美しい。

週刊朝日 2015年6月26日号