首都圏を中心とする新型コロナ感染爆発に歯止めがかからない。その多くがインド由来のデルタ株に置き換わり、ワクチン問題で、菅政権への不信感がますます高まる中、再びささやかれるのが「安倍待望論」だ。なぜ安倍晋三氏なのか。第2次安倍政権が「1強」と言われ、史上最長となった背景を、発売直後から大反響の『自壊する官邸 「一強」の落とし穴』(朝日新書)の一部を抜粋して解説する。

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■異論出ぬ安倍1強の絶頂期

 官庁街に囲まれた東京・日比谷公園にある洋食の老舗・松本楼。2017年1月24日夜、自民党の役員約20人が集まった。首相・安倍晋三の通算在職日数が歴代6位になったことを祝う会合で、首相はあいさつに立った。

「山口出身の総理は私以外に7人います。そのうち在職期間ベスト10人に入っているのが5人います」。その口調はなめらかだ。「長ければ良いってものではありませんが、一番長いのは、桂太郎です。こんなことは東北では言えませんが」

 明治から大正にかけて3度も首相を務めた桂太郎は長州・山口の出身で、通算在職日数2886日は安倍が後に抜き去るまで歴代1位だった。戊辰(ぼしん)戦争では官軍の一人として東北で戦った。安倍流の「お国自慢」で笑いに包まれた宴席は乾杯に移り、安倍は牛ヒレ肉のステーキを平らげた。この頃、安倍は絶頂期にあった。

 17年2月17日、自民党常設の最高意思決定機関である総務会で党における「安倍1強」を象徴する場面があった。翌年の総裁選で安倍への対立候補になるのか注目されていた前地方創生相の石破茂が、「懇談会は我々にも意見を出せと言ったが、あれから全然話がない」と口火を切った。

 天皇陛下の退位をめぐり、安倍に近い党執行部で固めた懇談会が、一代限りの特例法で退位を認める案をまとめた。それから4日後の総務会で、皇室典範改正を主張する石破が、執行部の進め方に疑義を呈したのだ。

 懇談会の座長代理を務める政調会長・茂木敏充が、「だから、いま説明しているじゃないですか」と冷たく返すと、元行革相の村上誠一郎が怒鳴った。「石破さんが質問しなければ、俺たちは何も知らされなかったじゃないか」。だが、25人いる総務から、発言は続かなかった。

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史上最長を支えた「二つのライバル不在」