「PMSやPMDDの定義は、月経前3~10日の間に続く精神的あるいは身体的症状であり、月経開始とともに軽快もしくは消失するものを言います。文献にもよりますが、多ければ約80%の女性がPMSやPMDDの症状を有すると報告されています。一方、産後うつは産後に発症するうつ症状ですが、これは周期的に起こる症状ではなく、産後月経がない人でも起こるため、PMSやPMDDには含まれません。児放棄や虐待も、月経前だけに行われるものは少ないと思いますので、PMSやPMDDが直接の原因とはなりにくいと私は考えます」(Haru医師)


 
 現時点では十分なデータや医学的な裏付けがあるわけではないが、直接原因ではなくとも、状況を悪化させる遠因になることは考えられるという。

「月経前にイライラしたり落ち込んだりするPMDDの症状の時に、パートナーとの関係が悪くなり、それが積み重なって交際関係の解消や、離婚の原因になることはあるかもしれません。正確なデータがないので絶対とは言えませんが、少なからず離婚の原因は隠れていると思います。同じようにPMSやPMDDの症状が出ている時に、親子関係が崩れ始めることもあるとは思います」(同)

 子どもが産まれてから夫婦関係が悪化する現象は、産後クライシスと呼ばれる。それはさまざまな要因が重なって関係がもつれていった結果だが、その要因の中の一つに、母親に慣れない育児の負担がかかること、それに生理前の不調の不調が重なったことも考えられる。

 心療内科クリニック「SAHANA Retreat Spa & Clinic」(東京都)院長の内田さやか医師は現状を説明する。

「産後うつによる母親の自殺や親子心中といった報道等をきっかけに、一般にも『産後うつ』という言葉が浸透し、出産前後のメンタルヘルスに関する取り組みの重要性がく知られるようになってきているように思います。しかし、そこにPMSは関連するのか、育児や夫婦関係にどう影響するかなどはまだ問題意識に至っていない部分もあると思います」

 重要なのが、出産前後でPMS・PMDDの有無や程度は変わりうるという点だ。PMS・PMDDは、環境変化や精神的負荷の増加で発症・重症化する可能性が高いと言われている。

「ある研究によると、分娩1年後のPMDDの有病率は7.3%、中等度・重度のPMSの有病率は8.1%であり、そのPMDDの多くは、出産後に初めて生じた例であったとのことでした(注1)。背景には、出産後のホルモン変動がPMDDの発現に寄与していることが示唆されています」(内田医師)

 つまり、妊娠前にPMS・PMDDでなかった人でも、出産後にPMS・PMDDを発症しうるということだ。出産後は生理的な変化が訪れるだけでなく、社会的な役割が変化する時期でもある。

「出産後は、慣れない育児が始まるうえ、『母親』という新たな社会的役割を担う大きな変化のとき。ただでさえ悩みも多く、不眠になりやすい時期に、妊娠前には経験していなかった月経前の不調や抑うつに遭遇するお母さんたちの辛さを、周囲の人は想像してみてあげてほしいと思います」(同)

 実際、PMDDと産後うつの関連を示唆するデータもある。

「PMDDと産後うつ病は別の疾患ですが、PMDDでは有意にうつ病の併存率が高く、産後うつ病との関連も多く報告されています。『EPDS(ジンバラ産後うつ病質問票:産後うつのスクリーニング)のスコアは、出産後のPMSやPMDDの発生を予測するのか?』という研究(注2)もあり、その結果、EPDSが出産後のPMDDや重度のPMS の発生を予測する可能性があると結論づけています」(同)

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産後うつとPMDDの関係は?