先述のとおり、今回ご相談いただいたケースが認知症に基づいたものであるかはわかりません。しかし、もし認知症であれば状態を確かめ、ご本人や周囲の支援者がより安心して生活できるよう対応策を備えていくことが有用かと思います。

 今回は私が実際に経験した中で、ご相談にある状況とよく似た症状で受診され認知症の診断に至った症例を紹介し、別の認知症の症状や対応についてみなさんと考える機会になればと思います(他回同様に一部修正しています)。

 もう3、4年が経つでしょうか。当時50代後半だったBさん(男性)は、困った様子の奥さまに連れ添われて受診されました。ご本人にお話をうかがうと「先生、私はね、私はね、私は別になんでもないんですよ。こいつ(奥さま)がああだこうだとうるさくてね」と。

 一方、どうにかBさんを説得して受診にこぎ着けた奥さまは「最近は格好もちゃんとしてなくて。何度言っても直さないんです。注意するとカッとなって聞く耳持たず。もともと、こんなに口悪くいう人じゃなかったんですけど…」と話されます。

 Bさんとの面接では、会話はたどたどしく、声量は大きくぶっきらぼうで、隣でお困りになっている奥さまの話は意に介していないご様子でした。また、奥さまがおっしゃるとおり、身なりも寝癖がそのままだったり着衣の乱れが目立ち、従業員を数人雇用し自営業を営んでいるという状況からは違和感を感じたのを覚えています。

 さて、Bさんは最終的に認知症の診断に至ったと紹介しました。認知機能では、場所や日時など状況把握は正しくできているものの、記憶に大きな障害は認めず、集中を維持したり段取りよく取り組む作業にやや困難さを認める状態でした。

「記憶の障害も目立たないのに怒りっぽいだけで認知症なの?」と思われる読者もおられるかもしれません。そのご指摘は正しく、Bさんの場合においても慎重に評価される必要がありました。

 実際に、受診の時点での状態からは、気分が上がってしまう躁状態やADHD(注意欠陥多動性障害)を含む発達障害などの見極めるべき疾患が考えられます。しかし、これらのものを否定し、最終的にBさんは前頭側頭型認知症であると判断しました。

次のページ
認知症には、もの忘れが主な症状でない場合も存在する