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「認知症の親が薬を飲んでくれません」精神科医がまず考える四つの問題とは?

連載「医療が届かずに悩んでいる方へ 一精神科医の切なる想い」

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大石賢吾dot.#ヘルス#病気#病院

 自宅での介護は逃げ場もなく、うまくいかないことも少なくないため、ときにつらく当たってしまったり、口論になってしまったりというケースを経験します。結果として、大切な親子の関係が複雑になってしまったご家族もありました。

 よって、私が診療で相談を受けるときは、ご家族だけで対応するのではなくヘルパーなどの在宅サービスやデイサービス、ショートステイなどの通所サービスの利用を必要に応じて勧めるようにしています。

 Aさんのケースにおいても、これらのサービスを利用することでAさんが不在となる(かもしれない)日中に飲むお薬があったとしても、ヘルパーさんやデイのスタッフなどに協力してもらうことで、きちんとお薬を飲めることが期待できます。

 実際にいろいろなご家族と触れ合うと、介護で人の手を借りるということを甘えと捉えられているように感じたり、「認知症患者の生活がうまくいかないのは介護者のせいだ」といった(これはわれわれ医師も注意が必要だと思いますが)誤った考えがあるように感じたりすることがあります。

 しかし、介護生活でうまくいかないことがあっても、それは誰のせいでもありません。もともと難しい状況なのであって、患者本人のせいでも、介護者のせいでもないのだと思います。加えて、介護が包括的な生活支援であり、かつ持続可能な総力戦で臨む必要があるもの(ご家族だけではときに困難になりうるもの)ということを再確認しておくことも肝要です。

 日々の診療においてご家族からの相談を受けるとき「本当に大切な人のためになっているか」ということを繰り返し確認・共有しながら方針を話し合うようにしています。

 今回は、介護をする側に焦点を当てた話になってしまいましたが、本来の主役は介護を必要としている本人だと思います。当然、介護をされる側にもさまざまな思いがあります。しかし、認知症に伴う症状や関係性などによってうまく表現することが難しいこともあるため、ときに見失われがちになってしまうように思います。

 私も医師という支援者の一員として、その主点からずれてしまわないようにときおり自問自答するように心がけています。しかし、毎日一緒に過ごしているご家族にとって、そのような余裕を持つことが困難となってしまうこともあるかもしれません。

 介護を必要としている人の気持ちを察し、かなえるため「大切な人を大切にできる自分でいること」も「大切な人を大切にすること」に必要なことだと思います。介護を持続可能なものにするため、周囲の支援者が余裕を持つことも大切です。私は、そこに家族以外の手があってもよいように思います。

 診療に携わる患者とそのご家族の進む先に限界があるとしたら……。「なんとか家族で世話をする」という強い思いを「大切な人を大切にできる自分でいる」に昇華させること。それも精神医療に携わる医師として、私の大切な役目の一つだと感じました。

 できれば介護保険といった経済的な支援制度についてもご紹介できればよかったのですが、長くなってしまうため良書に譲りたいと思います。このコラムが、Aさんの悩みを解決する一助になること、またAさんと似た状況におられる読者にも必要に応じて支援につながるきっかけとなれば幸いです。


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大石賢吾

大石賢吾(おおいし・けんご)/1982年生まれ。長崎県出身。医師・医学博士。カリフォルニア大学分子生物学卒業・千葉大学医学部卒業を経て、現在千葉大学精神神経科特任助教・同大学病院産業医。学会の委員会等で活躍する一方、地域のクリニックでも診療に従事。患者が抱える問題によって家族も困っているケースを多く経験。とくに注目度の高い「認知症」「発達障害」を中心に、相談に答える形でコラムを執筆中。趣味はラグビー。Twitterは@OishiKengo

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