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あの冷静な王さんが… うっかりで生涯たった一度の“珍事”に

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久保田龍雄dot.
“世界の王”がまさかの珍事を… (c)朝日新聞社

“世界の王”がまさかの珍事を… (c)朝日新聞社

 オープン戦も含めて降雨ノーゲームによる“幻弾”が1本もない王にとって、唯一の“無効ホームラン”である。

「ワンちゃんが一人であれだけ打ったのに、試合は完敗とは……」と巨人ファンを嘆かせる皮肉な結果となったのは、1966年8月28日のサンケイ戦(後楽園)だ。

 この日、王は1回2死からチーム初安打となる中前安打を記録。しかし、せっかくの先制機も4番・長嶋が右飛に倒れ、スリーアウトチェンジになった。

 王は4回の第2打席でも中前安打を放ち、長嶋の二ゴロエラーで1死一、二塁とチャンスを広げたが、次打者・吉田勝豊が二ゴロ併殺に倒れ、またしても得点ならず。

 そして、2点を追う9回1死、王は完封勝利目前の石戸四六から左中間に二塁打を放ち、最終回の反撃に望みをつなぐが、長嶋は遊ゴロに倒れ、代打・塩原明も二ゴロ。ついに一矢も報えないまま0対2でゲームセットとなった。

 この試合で王は4打数3安打を記録したのに、他の打者たちは石戸の決め球、シュートに苦しめられ、なんとノーヒット(四球と死球が1個ずつ)。これには川上監督も「王の3本きり。どうしようもないよ」とお手上げだった。

 王自身は「偶然だよ。ツイていたんでしょう」とコメントしたが、実は、石戸は王を大の苦手としており、同年はこの日まで6打数4安打。打たれた4安打のいずれも本塁打だった。

 この日も王に対し、外角寄りのシュートで「思い切り逃げた」にもかかわらず、3安打を許す羽目になったが、結果的に被弾という最悪の事態を回避できたことが“王以外ノーヒットノーラン”の快挙につながった。

 “酒仙投手”の異名をとった石戸は、プロ入りが決まったとき、貰った契約金で東京の球団事務所から秋田の実家までタクシーで帰ったという豪快なエピソードでも知られる。

 4番がお約束の“世界の王”が珍事とも言うべき代打本塁打を記録したのが、1979年9月12日の阪神戦(後楽園)。

 8月28日の中日戦(同)で、一塁守備の際に走者と交錯した王は、ろっ骨にひびが入り、右足もねん挫。全治1カ月と診断された。


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