難治がんの記者が荒唐無稽な「物語」で問いかける社会の本気度 (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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難治がんの記者が荒唐無稽な「物語」で問いかける社会の本気度

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

※イメージ写真(撮影/写真部・松永卓也)

※イメージ写真(撮影/写真部・松永卓也)

 とはいえ勝ちは勝ち、だ。

 首相「林田」とすれば、事実上の首相選びである党代表選に圧勝して残り任期を確保し、悲願を実現したい。そのためにもライバル候補との一騎打ちで圧勝することが大切で、勝利そのものを危ぶむ声は陣営から聞こえてこなかった。

 それなのに――。

 あっという間の転落劇だった。

 地元議員の動きを参考にして投票先を決めるとみられていた地方票が、ライバルへ一斉に流れたのだ。予想とは裏腹に、現職支持を表明していた議員のほうがこうした動きを水面下でつかみ、相手方に走った。

 そうして誕生した「新首相」の持論は「有権者と握手した数しか、票は出ない」だ。「後援会や党の集まりに出席していた人数を合わせてもこんな票数にはならない」と首をかしげた。

 逆転劇に、さらに頭を抱えたのが報道陣だ。

 本人すら知らない「真相」をつかみ、締め切りや番組に間に合わせなくてはいけない。新聞記者の「風間」はとりあえずスマートフォンでツイッター画面を立ち上げた。

 驚いたことに、そこには「真相」らしき情報の一群が広がっていた。裏を取らなくてはと、ツイートを見続けていると、発信源らしいアカウントがいくつか見つかった。

 連絡を取り合い、待ち合わせ場所へ。「風間さんですか」という声に振り返ると、3人の女性が立っていた。1時間後には原稿を書き始めないと、締め切りに間に合わない。急ぎ足で聞き取った「真相」の概要は次のようなものだ。

 場面は201X年1月。つまり「沈黙の金曜日」が官邸前に出現する1週間前になる。

 官邸前のデモで意気投合した女性5人は、繁華街の居酒屋に流れ、「林田」批判を繰り広げていた。

 1人が先日あった与党の代表選のことを話しはじめた。「ここで選ばれる人が結局総理大臣になるんですよね。私たちは1票を入れられないのに、どうしたらいいと思います?」

 ジョッキを手にしたもう1人は話を合わせた。「総理を選ぶ選挙に参加しようという党員募集のポスターを見たことがあるけど」


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