野茂英雄、斎藤雅樹…大投手が味わった“天国からの地獄” (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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野茂英雄、斎藤雅樹…大投手が味わった“天国からの地獄”

久保田龍雄dot.
近鉄時代の野茂英雄 (c)朝日新聞社

近鉄時代の野茂英雄 (c)朝日新聞社

 後年、筆者がこの試合の思い出を取材すると、伊藤は「実はあの試合はあまり調子が良くなくて、球数が多く、力を入れて投げていたことを覚えています。プロ初完封の阪神戦(6月3日)のほうが、調子が良かったんです。僕は原(辰徳)さんの大ファンだったから、初対決の打席で憧れの原さんから三振を奪ったのはいい思い出でした」と回想している。

 しかし、ヤクルト打線も巨人のルーキー左腕・門奈哲寛を打ち崩せず、9回表まで両チームゼロ行進が続く。9回裏1死、伊藤は吉原孝介をスライダーで空振り三振に打ち取り、セリーグタイの1試合16奪三振を達成。次打者・篠塚利夫から三振を奪えば、新記録が誕生するところだった。

 ところが、初球のストレートがすっぽ抜けて高めに入ったところを右翼席にサヨナラ本塁打されるというまさかの結末が待っていた。

「篠塚さんはそれほどホームランを注意しなくていい。自分のリズムで攻めていけば何とかなる」という油断が招いた最悪の結果に、「チームが首位を走っているときだったから、気が抜けた球を放った自分に腹が立った」という。

 同年、伊藤は前半戦だけで7勝2敗、防御率0.91という抜群の成績を残したが、先発登板12試合中7試合までが味方打線の援護が1点以下という悪循環。これに酷使も重なり、7月4日に巨人を1対0と完封した直後、ついにひじ痛でリタイアとなった。だが、後半戦を棒に振ったにもかかわらず、新人王を受賞したのは、異例の快挙だった。

 1994年4月9日の開幕戦(西武)、近鉄の野茂英雄は西武打線を8回まで12奪三振の無安打無失点に抑える。0対0で迎えた9回表、近鉄は石井浩郎の3ランで3対0と一気に勝ち越した。

 その裏、ノーヒットノーランまであと3人となった野茂だったが、先頭の清原和博に初安打となる右越え二塁打を許してしまう。さらに四球とエラーで1死満塁となり、打者はこの日3打席とも四球で出塁していた7番・伊東勤。

 ここで近鉄・鈴木啓示監督は野茂に代えて赤堀元之をリリーフに送った。伊東は前年赤堀に7打数無安打に抑えられていたとはいえ、まだ無失点の野茂を3点リードの場面で降板させたのには、西武ベンチも記者席も驚いた。そして、この投手交代が西武に奇跡の大逆転劇、近鉄にとっては悪夢とも言うべき結末をもたらす。

「ゲッツーだけは食わないように、とにかく後ろの人につなごう」とバットを短く持った伊東はファウルで粘り、カウント2-2から赤堀が投じた8球目が高めに甘く入ってくるところを見逃さずフルスイング。打球は開幕戦史上初の逆転サヨナラ満塁弾となって左翼スタンドに突き刺さった。しかも、これは伊東にとって通算1000本目の安打でもあった。

 一方、快記録も完封も目前で逃す羽目になった野茂は、記者たちに何を聞かれても「仕方ないです」を繰り返すだけ。「開幕戦は野茂と心中や」と宣言していた鈴木監督が土壇場で約束を破ったことに不信感を抱いたともいわれる。

 同年限りで近鉄を電撃退団すると、新天地・メジャーへとはばたいていった。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。


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