「難治がん」の記者が“うまい”に感じる切実な思い 心に残る「ひっかき傷」とは? (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「難治がん」の記者が“うまい”に感じる切実な思い 心に残る「ひっかき傷」とは?

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた一昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた一昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

コラム執筆用のノートに後輩が書いてくれた『対角論法』の説明。ここにも「仮定」の文字が見える

コラム執筆用のノートに後輩が書いてくれた『対角論法』の説明。ここにも「仮定」の文字が見える

 働き盛りの45歳男性。がんの疑いを指摘された朝日新聞記者の野上祐さんは、手術後、厳しい結果を医師から告げられる。抗がん剤治療を受けながら闘病中。

【コラム執筆用のノートに後輩が書いた『対角論法』】

*  *  *
 10日に都内の病院を退院してから、そば屋めぐりをしている。通院帰りなどに吐き気や疲れがひどくなければ、ネットで評判のいい店を調べて足を運ぶ。

 年配客に交じりそば湯を飲む。うまい、と感じられる幸せは、ほかのお客さんよりも切実かもしれない。ありがたい、と思う。その言葉は「珍しい」から来ていると実感する。昨夏まで、使っていた抗がん剤の副作用で味覚障害にたびたび見舞われたせいだ。

 いずれ体調が悪化して新しい抗がん剤を使いだしたとする。「味の輪郭がぼやける」としか言えない事態にまた襲われるかもしれない。それならばと配偶者がさらに手間をかけた料理や、気分転換のための外食を「うまい」と心から言えなくなり、悲しむ彼女を見る悲しさ。そうなる前に「うまい」となるべく言っておきたい。

 しょっぱなから辛気臭い話になった。まあ、しょせんそば一杯の話と思ってお付き合いいただきたい。

 のれんをくぐったら、メニューを隅から隅まで眺める。目で味わい、けっきょくは鴨せいろを注文する。先日、「同じものばかり」と笑う配偶者に「同じものを食べないと店ごとの味を比べられない」と答えた。無意識に返してから、待てよ、と思った。比べるなら看板メニュー同士でもいい。鴨せいろもたまたま1軒目で注文しただけで、とくに好きなわけでもない。なのになぜこれと決めているのだろう。

 もしかして、と思いついたのは数日後に別のそば屋に向かうときだ。

 そういえばこのところ「何々がこれこれだとすると……」という定義や仮定が含まれている文章を読むことが増えた。それがどこかに刷り込まれているのではないか。むろん、そのせいばかりではないだろう。しかし、いつの間にか「看板メニューで比べるとなると、それは注文の多さか、店の力の入れ具合かといった仮定が増えてしまい、比べにくくなる」と理屈をこねている自分がいる――。


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