多くの自動車が行き交う中山道の志村坂上停留所で、巣鴨駅前に折返す18系統と並ぶ志村橋からやって来た41系統巣鴨駅前行きの都電。その右側をダンプカー仕様のいすゞTD50型トラックが並走する。(撮影/諸河久:1966年5月28日)
都電が消えて54年の歳月が巡った志村坂上の近景。拡幅された中山道(国道17号)とセットバックで昔日の面影を失った背景の家並。(撮影/諸河久:2020年10月2日)
新庚申塚の交差点を走る18系統志村坂上行きの都電。後方には巣鴨駅前に向かう18系統も写っている。この界隈は店舗や飲食店が軒を連ね、生活感に溢れていた。巣鴨四丁目~新庚申塚(撮影/諸河久:1966年5月28日)
新庚申塚の新旧対比写真。片側三車線に拡幅された中山道と林立する高層建築に半世紀の時の流れを感じた。中山道を横切る荒川線の軌道と三ノ輪橋行きの都電(現さくらトラム)が昔を語ってくれた。(撮影/諸河久:2020年10月2日)