笑いは「がん患者」という一面に限らず、私という人間を丸ごと肯定してくれる気がした。客席の笑い声に温かさを感じたのもそのせいだろう。
スケッチブックのフリップに「3枚のお札」の昔話を思い出した。
山に入った小僧が鬼婆に食べられそうになり、和尚さんから渡されていたお札を次々に使って危機を乗り切る。そんな話だ。
「3枚のフリップ」の使い道を切り替えたのは、とっさのアドリブだ。どうすればいい舞台になるか。お客さんの反応をみてひねり出しに過ぎない。
がんになってからの日々もこれに似ている。
目の前に次々現れることをただ必死にやるうちに、人との出会いが生まれ、予想もしない機会がめぐってきた。根本的には元のままでも、人として変わった部分もある。昔の像で人から見られているのを感じると、少し前にはやった歌の歌詞のようにつぶやきたくなる。そこに私はいません――と。
この日の帰宅はけっきょく未明になった。スケッチブックを抱えた配偶者とタクシーで家に着いた時には「7月19日」は終わっていた。1日生きればそのぶん、死に近づくことになる。その1日を、ほかの出演者やお客さんと分かち合えた自分を、幸せだと思った。