続く2試合目で9番に入ったのは、稲葉監督が「何でもできる」と信頼を置く今宮。二回、松本の浅い右飛で本塁をつき、際どいタイミングながら、リプレー検証で判定がセーフに覆ったあたりも今宮の走塁技術の高さが光ったが、その生還のきっかけも、無死1塁から今宮が7球目を右前へ持っていって、一、二塁とチャンス拡大したからだ。四回の無死一塁の状況では、まずバスターエンドラン。これがファウルになると、続く2球目は送りバント。1死二塁と得点機をお膳立てして、2番松本のタイムリーにつなげている。右ひじ痛で今大会参加が危ぶまれた今宮だったが「チャンスをもらえて、自分の仕事はできた。この2試合、日本の野球がしっかりやれたと思う」と大会を振り返っている。
そして「6番」。第1試合の外崎は、昨秋のアジアチャンピオンシップで大会MVP。内外野をこなせるユーティリティーぶりは、国際試合には不可欠なカードとも言える。その外崎は4打席すべてで走者を塁においての打席となり、打点こそ挙げていないが、1安打2四球(うち1四球は敬遠)で3打席出塁と、チャンスを拡大する貴重な働きを見せた。
第2試合の上林も、昨秋のアジアチャンピオンシップの韓国戦でタイブレークの延長十回に3点差を追いつく起死回生の3ランを放ち、東京五輪の主軸候補として一躍注目を浴びたソフトバンクの若武者だ。今回も、一回2死満塁で当たり損ねの投前ゴロだったが、相手の悪送球を誘い、俊足を生かしての内野安打で先制点をたたき出している。
このように「2番」「6番」「9番」の抜擢が、2試合とも見事に的中した。ここを相手投手によって、あるいは打線の流れ、予測される試合展開によって、起用する選手を替えていくのは、稲葉監督のヤクルト時代の恩師でもある野村克也元監督の“方式”と全く同じである。
稲葉監督は、ヤクルトと日本ハムでの現役時代を通して、シャープな「3番」のイメージが強いが、実は野村監督のもと、入団1年目から「2番」での起用も多いのだ。ヤクルト球団のホームページに「球団のあゆみ」のコーナーがあり、そこには、年度別の「主なラインアップ」が記されているが、日本一になった1995年、97年で2番に記されているのは「稲葉」の名前なのだ。