野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた一昨年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中
野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた一昨年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中
この記事の写真をすべて見る
私に「言葉」をくれた本の一部。阿部謹也『自分のなかに歴史をよむ』(ちくま文庫)にはこんな一節がある。「だれかを理解するということは、その人のなかに自分と共通な何か基本的なものを発見することからはじまる」。これを読み、本を「わかる」と感じるのも同じことでは、と考えるようになった
私に「言葉」をくれた本の一部。阿部謹也『自分のなかに歴史をよむ』(ちくま文庫)にはこんな一節がある。「だれかを理解するということは、その人のなかに自分と共通な何か基本的なものを発見することからはじまる」。これを読み、本を「わかる」と感じるのも同じことでは、と考えるようになった

 働き盛りの45歳男性。がんの疑いを指摘された朝日新聞記者の野上祐さんは、手術後、厳しい結果を医師から告げられる。抗がん剤治療を受けながら闘病中。

【野上さんに「言葉」をくれた本はこちら】

*  *  *

 自分が本を警戒しはじめていることに気づいたのは、去年の夏だ。

 たまたま立ち寄った本屋で、平積みにされた山田風太郎の随筆集『半身棺桶』(ちくま文庫)の山から1冊手に取り、中を見ないまま山に戻した。

 生死が入りまじったような書名が、9月に始まる連載のタイトル「書かずに死ねるか」に似ている。だから手を出したが、表紙のそれを眺めているうちに「読むとまずい」という思いが急にわいた。

 それから数カ月たった先月3日にも、似たようなことがあった。高熱で入院中に見舞客から加賀乙彦『死刑囚の記録』(中公新書)を手渡され、めくってすぐに返した。

 相手は京都総局の安倍龍太郎記者。一緒に病院に来た政治部の松井望美記者と同じく、私が4年前まで首相官邸を担当していたときの後輩だ。青酸化合物による連続不審死事件で死刑判決を受ける筧(かけひ)千佐子被告と拘置所で面会を重ね、その心理に迫る記事を書いてきた。

 書く参考にしたのだろう。中を開くと、あちこちに傍線が引かれている。目次に「明るい死刑囚」といった意味の文言がある。読んでみるかとそのページを開き、読み出す前に気が変わった。「ちょっとこれはやめておこう」。そうつぶやいたのを覚えている。

 がんにどう立ち向かうか。一昨年にその疑いを指摘されたあと、知恵を借りたのが本だった。

 冷静に対処するため、心の振れ幅が小さくなるように心がける。身内や知り合いに病状や対処方針を言葉に出してみることで、病気と距離を保ち、方針を自らにすり込む。活字に接しながら練り上げた言葉が、その武器になった。

 状況が良くないときに落ち込み過ぎないよう、良いときにも「一喜」すまい。そうした考えに血を通わせるのに、前に読んだ漫画『犬犬犬』(花村萬月作、さそうあきら画、小学館)が役立ったことは前回、紹介した。

次のページ