働き盛りの45歳男性。がんの疑いを指摘された朝日新聞記者の野上祐さんは、手術後、厳しい結果を医師から告げられる。抗がん剤治療を受けながら闘病中。
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自分が本を警戒しはじめていることに気づいたのは、去年の夏だ。
たまたま立ち寄った本屋で、平積みにされた山田風太郎の随筆集『半身棺桶』(ちくま文庫)の山から1冊手に取り、中を見ないまま山に戻した。
生死が入りまじったような書名が、9月に始まる連載のタイトル「書かずに死ねるか」に似ている。だから手を出したが、表紙のそれを眺めているうちに「読むとまずい」という思いが急にわいた。
それから数カ月たった先月3日にも、似たようなことがあった。高熱で入院中に見舞客から加賀乙彦『死刑囚の記録』(中公新書)を手渡され、めくってすぐに返した。
相手は京都総局の安倍龍太郎記者。一緒に病院に来た政治部の松井望美記者と同じく、私が4年前まで首相官邸を担当していたときの後輩だ。青酸化合物による連続不審死事件で死刑判決を受ける筧(かけひ)千佐子被告と拘置所で面会を重ね、その心理に迫る記事を書いてきた。
書く参考にしたのだろう。中を開くと、あちこちに傍線が引かれている。目次に「明るい死刑囚」といった意味の文言がある。読んでみるかとそのページを開き、読み出す前に気が変わった。「ちょっとこれはやめておこう」。そうつぶやいたのを覚えている。
がんにどう立ち向かうか。一昨年にその疑いを指摘されたあと、知恵を借りたのが本だった。
冷静に対処するため、心の振れ幅が小さくなるように心がける。身内や知り合いに病状や対処方針を言葉に出してみることで、病気と距離を保ち、方針を自らにすり込む。活字に接しながら練り上げた言葉が、その武器になった。
状況が良くないときに落ち込み過ぎないよう、良いときにも「一喜」すまい。そうした考えに血を通わせるのに、前に読んだ漫画『犬犬犬』(花村萬月作、さそうあきら画、小学館)が役立ったことは前回、紹介した。