しかし、指揮官は動いた。ここで森唯斗を投入したのだ。ビハインドの展開で、勝ちパターンの一角の右腕をマウンドへ送り込む。それは、シーズン中とは違うということを選手たちにも伝え、そしてこれ以上、点はやらない、相手に勢いをつけさせない、そのために最善の策を取るという『指揮官の覚悟』をチーム全体に示す意味合いもあるのだ。
森はウィーラーを中飛に仕留め、ピンチを断った。その裏に2番・今宮健太が右翼席へ本塁打を放って2点差に追い上げる。ソフトバンクは七回にも左の嘉弥真新也、右の石川柊太と、惜しみなく投手をつぎ込んでいく。一方の楽天は七回、そこまで6回1失点の好投を見せた先発の塩見貴洋からフランク・ハーマンにスイッチ。勝ちパターンの投手をつぎ込み、逃げ切り態勢に入った。早めの継投も、短期決戦ゆえだ。
ソフトバンクはそのハーマンを攻め立て、1死一、二塁のチャンスを迎えたところで工藤監督が動いた。川島慶三に代え、代打に長谷川勇也を告げる。
この局面は、いわば詰め将棋のようなものだ。相手がこうくれば、こっちはこう。お互いの一手先、二手先を踏まえての動きになってくる。工藤監督も長谷川勇を代打に送った時点で、ピッチャーは変わってくると思った。その通り、楽天の梨田昌孝監督は左のサイドハンド・高梨雄平にスイッチした。
楽天側は代打の代打で右打者の吉村裕基が出てくることも考えた上で、高梨を出している。2者を返して同点。長打を狙えるのは、長谷川勇か吉村だろう。その状況で左腕の高梨をマウンドへ送り込んだのは、まず長谷川勇というソフトバンクの大事なカード1枚を“消させる”という意味合いもある。
左殺しのスペシャリストの高梨に対し、今季のソフトバンク打線のデータを見てみよう。左打者は通算19打数3安打の打率.158、7三振も喫している。一方、右打者は15打数4安打の打率.267。左対左で不利という数字が出ている上に、長谷川勇はミート力があるとはいえ、足を考えれば併殺の可能性もある。また、シーズン中であれば、楽天はリードしている九回に左のストッパー・松井裕樹を出してくる。