スライダーへの信頼が高いからこそできたリードであると同時に、ストレートに強い桑原を確実に抑えるための配球でもあった。この試合の2回、決して長打力のあるわけではない田中浩康に初球のストレートを狙われ、先制2ランを打たれたことも背景にある。炭谷が語る。
「いくら(桑原が)真っすぐに強いと言っても雄星の真っすぐなら勝てる可能性がありますけど、それにしても2ボールで真っすぐに合わせて1、2、3で振られたらね。(田中)浩康さんに行かれているだけに、ホームランというリスクはあったので。スライダーならホームランはない、という判断です」
菊池最大の武器はうなりをあげるようなストレートで、桑原の2打席目には外角低めに150キロのボールを投げ込み空振り三振に仕留めている。
しかし、プロの打者がストレートだけに照準を絞れば、いくら菊池のような剛球でも弾き返されることは珍しくない。そのリスクを防ぐには、変化球を効果的に使うことが求められる。そうすることで、ストレートの威力も増していく。
こうした奥深い攻め方をできるようになったからこそ、菊池は安定感を増してきたと炭谷が指摘する。
「こっちが真っすぐ、スライダーを中心に行くなかで、バッターとしては真っすぐを打ちにくるわけじゃないですか。それで空振りは取れなかったんですけど、去年の最後の方からカーブを使い出して、それから真っすぐで空振りを取れ出しました。単調なリードというわけではないですけど、よほど苦しいボール先行カウントでも、(空振りの取れる)真っすぐで行けば、ある程度勝てるという計算が立っています」
練習やトレーニングを積み重ねてストレートの威力が高まったことに加え、フォームが安定したことでスライダー、カーブの精度が増した。菊池の最大の武器がストレートであることに変わりない半面、苦しいカウントでも変化球でストライクを取れると見せつけておくことで、いざという場面で力勝負に行ける。つまり、絶対的かつ相対的に、菊池のストレートはレベルアップしているのだ。
そうしてバッテリーが主導権を握れば握るほど、相手打者の“自滅”も増えていく。炭谷が証言する。
「今年は真っすぐ、変化球に関係なく、圧倒的に相手のボール振りが増えています。去年みたいに見逃されていないですね」
空振りの取れる球はバッテリーにとって最も安全であり、打者にとってはこの上なく厄介だ。ボールにバットが当たらなければ、何も起こる可能性がない。打者が何とかバットに当てようと早めに仕掛ければ、バッテリーはそれを逆手に取ることもできる。そうした好循環が、今季の菊池の好調の裏にあると炭谷は言う。
「今年の雄星はフォアボールが少ないから、それだったら相手は手を出してくるし、変化球のボール球を振ってくれる。いろいろうまいこと回っているんじゃないですか」
リーグ上位の与四球率は、単にコントロールが良くなったというだけの話ではない。現在の菊池雄星が球界トップレベルの投手である、何よりの表れだ。(文・中島大輔)