ホームに降り立ち、駅舎を眺める。建てられたのは1913年。100年駅である。その風格が伝わってくる。王宮に一画に入り込んだような落ち着きが心地いい。壁はからし色で、濃い褐色の柱とうまくマッチしている。改札口に向かう。やや薄暗い待合室の奥に、南タイの強い日差しがあふれている。タイらしい眺めだった。
ホームの端には、駅観光にやってきた人向けのカフェもできていた。その先が鉄道公園のようになっていて、そこには転車台が残され、旧式の機関車が展示されていた。転車台というのは、機関車の向きを変える施設である。
駅舎のなかに並ぶはかりが、この駅がにぎやかだった時代を語りかけてくる。壁にはこの駅の職員の名前が顔写真付きで掲げられていた。1日1便しか列車がやってこない駅に6人……。多くない? とは思うが、それも100年駅ゆえだろうか。
暇そうな駅員に、なぜ、壁はからし色なのか聞いてみた。
「できたときからからし色だった」
タイ人らしい答えが返ってきた。
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など