デグラシアさんは、息子が携帯していたパンケーキを横井さんに食べさせた。
「パンケーキは口のなかでパサつくから、一口食べただけで、それ以上は食べなかった。水も飲ませてあげました」(同)
印象に残っている光景もある。ジープを止めてある場所に行く途中、丸太で作った“一本橋”を渡ったときの出来事だ。デグラシアさんは縛られたままでは横井さんが渡りにくいと思い、縄を解こうとした。
だが、横井さんは後ろ手のまま、身軽に橋を渡っていった。その姿を見たデグラシアさんは、横井さんの身体能力の高さに驚いたという。
「手を縛られたまま、軽々と渡っていくので、たいへんびっくりしました。現地の人でもこわごわ渡っている橋でしたから」
横井さんを乗せた車が自宅前に着くと、音を聞きつけた子供たちが家から飛び出してきた。
「獲物は捕れたの?」と子供たちが目を輝かせて尋ねると、「これが獲物だよ」とデグラシアさんは横井さんを指さした。
子供たちが不思議そうに見つめながら、「この人、誰なの?」と尋ねると、「名前は知らない」とデグラシアさんは答えたという。
その後、ロープを切って横井さんを家の中に招き入れた。デグラシアさんは横井さんがおなかを空かしていると思い、家族に食事の支度をするように指示した。
目の前に出されたのは、牛のテールスープと白米、マカロ(アジに似た魚)のスープなどだった。
「白米はペロッと平らげたけど、テールスープの牛肉は残していました。牛肉は口に合わなかったようですけど、マカロのスープは魚も全部食べました」
デグラシアさんは、日本兵を捕まえたことを伝えるため、タロホホ村の村長がいる事務所に出向いたが、村長が通夜で不在だったため、場所を教えてもらい、村長の行き先に向かった。
通夜に出席していた村長を呼び出して、日本兵を保護したことを伝えた。だが、まったく信じてもらえなかったという。
「村長は『ウソだろ』と言って、なかなか信じてくれなかった。私が『本当ですよ』と強く言うと、村長は非常に驚いていました」
デグラシアさんは、横井さんから事情を聴くため、村長の事務所に連れていった。通訳として、現地住民と結婚した沖縄出身の女性に協力を仰いだ。警察や政府など関係各所に連絡すると、パトカーや白バイが村長の事務所に集結した。