―活発で魅力的な女性のキャラクターも多いですよね。
宮部 二つの藩の代表的な女中さん、お末とおせんのいずれも、おきゃんな女の人になりました。今の時代、女性が元気だから、この方が楽しいと思いまして。
日本で怪獣ものが生まれ育って長く愛されているのは、日本人が、基本的に「万物に神宿る」という考え方をしていることと大いに関係があると思っています。怪物って大きな自然の災害を象徴しているものでもありますが、そこから派生して怪獣もつまり荒ぶる神であるのだなと。
日本は、そういう荒ぶる神を、拝んで鎮めようとすることが万事に根付いている社会です。四方を海に囲まれた島国で、相争うよりも、何とか手を取り合って、今この土地にある限られたものを育んで、生きて、豊かになっていかないといけない。常に領土を奪い合い、攻めてくる外敵と戦うという歴史を持った国や民族であれば、より「お父さん」が強い文化かもしれません。でも何とか守ってやり過ごして、その後もう一度畑を耕そう、田んぼを作ろう、子供を育てようという日本の文化だと、戦うよりは守って育てる、つまり母は強しの社会なのかなと、時々思うことがあるんです。
それで今回、私とこうのさんに加え、サポートしてくれた担当者さん達も全員女性だったんですが、これはもしや天の配剤(笑)だったのか、なんて思いました。というのも恐ろしい怪物をいかに退治し、鎮めるのかということは、構想段階からずっと考えてきたことですが、たまたま女性だけが関わったことで最後まで思い通りに書けたように感じたところがあって。そのストーリーは実際に読んでいただけたらと思います。
●物語第一主義
―群像劇、活劇、時代物、謎解き……とジャンルを横断した作品です。宮部さんの幅広い作風のいいとこどりのできる、ぜいたくなエンターテインメントですよね。
宮部 念願の怪獣ものが書けるんだから、自分の得意なこと、好きなことはみんな入れちゃおう! という意識がありました。
謎という点について言うと、もし私がミステリー作家として、より「ミステリー的」な作品にしようと思ったら、『荒神』も、たとえもっとページ数が増えてしまうとしても、謎を完璧に作って解いて、全部を明かそうとしたと思います。
今も私はミステリーが大好きだし、自分をミステリー作家だと思ってもいるけれど、でも近年は、ミステリー味を多少薄くしても――作中の全部の謎が解決するわけではなくても、ともかくこの件は片付いた、そして物語の中の人物はこれからも生きていくんだ、という風に小説を作りたいと思うようになっています。もうずいぶん前からですが、ミステリー作家としての野心や責任感といったものを少々引っ込めても、物語的な面白さや収まりのよさを優先させることを指向するようになったという意味では、私はもうど真ん中のミステリー作家ではないのでしょうね。
2001年に『模倣犯』を大変高く評価していただいた時に、これ以上この路線を進むのはやめようと思いました。実際に『模倣犯』以降に刊行した小説の作風を見ると、そう舵を切ったことがはっきりわかるので、私、すごくわかりやすい人間だわって(笑)。
以来ずっとその意識で書き続けてきて、『荒神』はだからこそ書き上げることのできた作品です。
―『荒神』は物語第一主義が結実した到達点なんですね。
宮部 はい、物語のために今の私ができることは全部やりました。おお怪獣ものか、と手に取ってくださった方が、電車に乗って読んでいて「あっ、乗り越しちゃった」というくらい、夢中になっていただけたらいいなあと願っています。
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宮部みゆき(みやべ・みゆき)
1960年、東京都生まれ。87年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。92年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞(長編部門)、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞、93年『火車』で山本周五郎賞、97年『蒲生邸事件』で日本SF大賞、99年『理由』で直木賞、2001年『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、02年司馬遼太郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)、07年『名もなき毒』で吉川英治文学賞、08年英訳版『ブレイブ・ストーリー』(『BRAVE STORY』)でThe Batchelder Awardを受賞した。他に『小暮写眞館』『ソロモンの偽証』『桜ほうさら』『泣き童子』『ペテロの葬列』など著作多数。
『一冊の本』8月号 「特集『荒神』の世界」より