ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は“三大薄気味わるい虫”について。
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このところ水温があがったのか、庭の水槽と火鉢で飼っているメダカが水面にあがってきて活発に泳ぎはじめた。わたしは毎日、庭に出て、メダカと池の金魚に餌をやる。夏のように、そばに寄ってきて、早よう飯を寄越さんかい、とパクパクするほどではないが、食欲があるのは健康な証拠だ。
あと半月もすると金魚が卵を産むから、火鉢のひとつに水を張って水草を入れようと、鉢をひっくり返したら、凹(へこ)んだ土の上に茶色の紐(ひも)のようなものがあった。ぬめっとしている。
はて、なんじゃろか、と枯れ枝を拾ってつついてみたら、紐が動いた。ゲゲッ──。あまりの薄気味わるさにのけぞった。紐はトグロをまいているが、延ばすと三十センチはありそうだ。扁平(へんぺい)で幅は六、七ミリ、薄茶色で三本の筋がある。
コウガイビルか──。思い出した。ユーチューブでこれと同じ生きものを見たことを。名称は“ヒル”だが、扁形(へんけい)動物のプラナリアの仲間だ。プラナリアに似た笄(こうがい)のような頭部をもち、陸生でミミズやナメクジを捕食するらしい。
わたしは火鉢をもとにもどして、台所にいるよめはんを呼んだ。「ちょっと来て。おもしろいもん見せたげるから」
「見たくないもん」
いつものことだが、よめはんはなにか手伝いをさせられるのだろうと警戒している。
「そういわんと、ハニャコちゃんにも見て欲しいんや」「金魚? メダカ? ヤモリ? ヤゴ?」「んなもんは珍しないやろ」ヤゴやカナヘビを捕まえたときは手にのせて、よめはんに見せてから逃がしている。「ほんまにおもしろいんやろね」「おれが嘘ついたことあるか」「一日に五回はついてる」「お願いやから、こっちに来て」──。
よめはんはビーチサンダルを履いて庭に出てきた。わたしはまた火鉢をひっくり返した。