あと毎日のようにしていたのが、勤務中のラクガキです。イラストつきで課長の悪口を描いていました。ところがある日、油断していたら、そのラクガキが経理の女性に見つかってしまったんです。しかも、その絵が「カワイイ」と。

 それまで、絵はストレス発散のためだったのでホメられるなんて思わなくてね。その女性は純粋な気持ちでホメてくれたのに、僕は「これって絵をホメたんじゃなくて、僕に気があるのでは……」「いやまてよ、彼女はたしか結婚してるはずなんだが……」と、どうでもいいことを悩んだりもしました(笑)。

 そんなこともありましたが、やっぱりホメられたのが嬉しくて、描いてたイラストをコンビニでコピーして印刷所に持っていったんです。自費でつくった初のイラスト集は売れるはずもなく、知り合いに配ってまわることになったんです。ただ、その縁でイラストの仕事をいただき、絵本の仕事もいただくようになりました。

――ラクガキから絵本の仕事につながっていったんですね。

 そうなんです。編集者さんから絵本の話をいただいたときも「僕でよければ」という感じでお受けしました。

 というのも、絵本作家を目指してがんばって、それでもなれなくてガッカリするのが、僕は絶対イヤなんです(笑)。悲しい目にあいたくない。だからと言って、努力をしなければ「なんの努力もしていないじゃないか」と言われるのもイヤ。そういう変なプライドが、すごく高いんです。

――なるほど。

 それと絵本作家って、なにか子どもに伝えたいことや教えたいことがある人がなるのだと思っていましたが、僕はそういうのも、とくになかったんですね。

 読者である子どもに対して、「とくに言いたいことはありませんが、そこそこ満足しています。あ、怒られるのは今でもきらいですが」とか、そういう言うことなら本心で言えるな、と。

 初めて出版した絵本は『りんごかもしれない』(ブロンズ新社/2013年刊)です。この絵本は、二度とこんな話はこないと思っていたので、自分が好きだった絵本の要素をすべて入れてみました。

 とくにこだわったのは、教訓めいたことは言わないこと。僕が子どものころ、楽しみたくて絵本を手に取ったのに、途中から、なぜか偉人が出てきて説教っぽくなって「勉強しましょう」とか「生活をあらためましょう」とか、そんなことを言われて、すごくガッカリしたんです。だから、そんなことをするのはやめよう、と。

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主人公に「もうダメだ」と言わせたい 名作絵本に込めた思い