愛や夫婦についての物語においてより正確で繊細な感情を表現するには、言葉が必要になる。俳優たちは長い台詞に戸惑うこともあるが、自分のなかのそうした感情を探そうとする。それが現場でどう演技に反映されるか、監督としても楽しみなのだという。

 時空を超える物語でありながら、90分以内に収めるその編集手腕も光る。「映画とは、タバコを吸いに行くような感覚で観られるものでいい」とオノレ監督は表現する。

「たとえ重いテーマの作品であっても、どこかに優雅さや軽やかさのある作品が好きなんだ。映画を観ることの喜びを感じられる作品をつくりたい、といつも思っているよ」

◎「今宵、212号室で」
夫に浮気がバレて駆け込んだホテルの部屋に、20年前の姿の夫や元恋人たちが現れる。6月19日公開予定

■もう1本おすすめDVD「美しいひと」

 日本ではあまり作品が劇場公開されていないが、クリストフ・オノレ監督はフランスではカルチャー誌の一号編集長を務めるなどファンも多く、俳優たちからの信頼も厚い。

 映画「美しいひと」は、17世紀末の小説『クレーヴの奥方』にインスピレーションを得て生まれた作品で、ルイ・ガレル、レア・セドゥという若きスターが秘めた恋に翻弄される男女を演じた。

 パリのある高校に、ジュニー(セドゥ)が転校生としてやってくる。彼女がまとう独特な雰囲気に、同級生のオットーは一目で恋に落ち、二人は付き合い始める。だが、イタリア語教師のヌムール(ガレル)もジュニーに惹かれたことから悲劇が起きる。交わされる視線、空気感、そして詩的で美しい言葉で「人が恋に落ちる瞬間」が描かれる。

 作品のなかでは、古典小説の一節なども多用されているが、オノレ監督自身、作家、そしてオペラや演劇の演出家としても活躍する。いくつもの顔を持つことについて、オノレ監督はこう口にしていた。

「若い頃からずっと目指していたのは映画作家だ。でも、一つにとどまらない、どこか“不純な感じ”は、とても現代的だとも思うんだ」

◎「美しいひと」
発売元:オンリー・ハーツ
価格3800円+税/DVD発売中

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2020年6月15日号

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