AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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年を重ねると、あの時もう一つの道を選んでいたらどう生きていただろう、と妄想が止まらない時がある。後悔というより、純粋な好奇心。「今宵、212号室で」は、このなんとも言えない複雑な感情を、奥行きのある物語として鮮やかに映し出す。
結婚20年目になるマリア(キアラ・マストロヤンニ)は夫のリシャールに内緒で浮気を重ねていた。リシャールは、彼女のスマホをこっそり見てその事実を知る。浮気の何が悪い? と開き直るマリアと、しょんぼりと肩をすぼめるリシャールのキャラクターが新鮮だ。クリストフ・オノレ監督(50)は言う。
「脚本を書き始めた頃は、#MeToo運動をはじめとする新しいフェミニズムの動きがあったから、僕も『これまで女性をどう描いてきただろう』と自分に問いかけてみたんだ。そして『映画のなかの女性ってこうだよね』というイメージを裏切りたいと思った。“女性版ドン・ファン”とも言える、エネルギーにあふれ自由に生きていく女性を主人公にしたいと考えたんだ」
描きたかったのは、オノレ監督と同世代の人々の物語だ。長く夫婦として生活している男女も多い。いま彼らの恋愛感情はどうなっているのだろう? と自身が知りたいという気持ちもあったという。
一晩家を離れようと、マリアが目の前のホテルに駆け込むと、20年前の姿のリシャールが現れる。リシャールがかつて身を焦がすような恋をしていた女性、そしてその女性の現在、と複数の時間軸を交差させながら、物語は進む。
シュールで自由な世界観を支えるのは、オノレ監督が脚本を書いている段階から頭に浮かんでいたという音楽と、深い洞察力から生まれる台詞(セリフ)の数々だ。恋愛の本質を突いた言葉は、いまを生きる私たちの胸に深く刻まれる。
「よくフランス映画はしゃべりすぎって言われるよね(笑)。欠点のように思われることもある。でも、自分としては『しゃべりすぎ』と言われるのを恐れてはいけない、と思った。この作品でも、現実以上に洗練された会話をしているかもしれない。けれど、台詞は映画の一部であり、交わされる言葉はこの作品のなかだけに存在する。映画とは“言葉を交わす場所”という考えがとても好きなんだ」