そこから思い出すのが、歌舞伎や人形浄瑠璃の傑作「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」だ。江戸中期に起きた赤穂浪士討ち入り事件に題材をとったものだが、幕府への忖度で、その世界を室町初期の「太平記」の時代に置き換えた。浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が塩冶判官(えんやはんがん)、吉良上野介(きらこうずけのすけ)が高師直(こうのもろなお)という具合だ。こうして庶民は気兼ねなく武家社会の騒動を面白がり、あだ討ちに留飲を下げることができたわけだ。
ちなみに主人公の半沢直樹も父が銀行によって自殺に追い込まれたという設定。そんなあだ討ちも絡んだ勧善懲悪劇を身近に感じさせるためにも、史実の取り込みは有効なのだ。
また、史実の取り込みは「必殺」シリーズ(テレビ朝日系)も得意にしている。今年の最新作では、オレオレ詐欺や反グレ、ニートといった現代的モチーフが描かれていた。
そんな「必殺」と並ぶ長寿時代劇が「水戸黄門」(TBS系)。こちらは江戸末期に流行した講談の「水戸黄門漫遊記」が原点だ。それが映画を経て、テレビ時代劇として今のかたちになった。江戸時代のあるある的な不祥事を裁き、世直ししていく物語である。
つまり「倍返し」があだ討ち的リベンジのスローガンなら、土下座は「頭が高い、控えおろう」と同じ勝利の儀式。「半沢」は歌舞伎やテレビ時代劇の快感のツボを、現代ドラマに生かしている。
ただ、問題はなぜこの作品がそこに成功したかだ。じつは、その理由のひとつが放送枠である。もともと、日曜夜は時代モノが強かった。1960年代末から70年代にかけては大河ドラマの裏でテレビ朝日が時代劇を放送していたほどだ。そこから中村梅之助版の「金さん」だったり、渡哲也版の「浮浪雲」がヒット。この「浮浪雲」がきっかけで「西部警察」が生まれることになる。
石原プロはこのとき、西部劇のような刑事モノを目指したのだという。ガンアクションにカーアクションまで加わる展開は大河の合戦やチャンバラとは好対照だったが、どちらも男たちにウケた。この時期の日曜夜8時台は、なかなか男くさい枠だったといえる。