●生きがいのなさが病気の原因になります

渡辺:でもまじめにね、僕が定年後も働いたほうがいいと思うのは、今回取材したほとんどの人が退職後、病気になってたから。

坂東:退職して仕事がない人たちがですか?

渡辺:ええ。がんとか、脳梗塞、心臓発作とか、いっぱいやってるんですよ。それで僕は不思議に思った。定年になったら朝から晩まで寝てていいわけですよ。体は猛烈にヒマなのに、どうしてこんなに病気になるんだろうと。

坂東:きっと心が病むんでしょうね。

渡辺:そうなんです。特に男は生きがいのなさが病気の原因になる。気持ちのありようが病気を誘い出す。

坂東:ナチュラルキラー細胞が発動しないんでしょうか。

渡辺:今の医者って論理を優先するけど、病気の原因には非論理的な人間くさい理由もあるんです。手帳を真っ黒にして、「忙しくて死にそう」なんて人は元気ですよ。

坂東:女性の立場でいうと、専業主婦の人に多いんですけど、子供が一人前になったときに生きがいを失ってうつ病になったり、体の不調を訴える人が多いんです。

渡辺:ああ、ありますね。

坂東:でもその時期が男性の定年より10年くらい早いので、今はすでに苦しい時期を乗り越えて、ヨガでもやろうか、となってるんだけど(笑)。生きがいのなさが病気の原因になるのは女性も同じなんです。だからこそ子育てだけじゃなくて、女性も仕事を持ち続けたほうがいい。

渡辺:子供はお金かけて育てても、いつか巣立っていくから。

坂東:最後に残るのは本当は夫婦なんです。ちゃんと向き合って会話をしていかなければいけませんね。そういえば『孤舟』を読んでいて一つ大きな疑問があったんですが……。

渡辺:なんですか。

坂東:妻の洋子さんが出ていって、威一郎さんがデートクラブに登録して出会う小西さんは、20代後半のわりには落ち着いていていい子のようですが、まだまだ話し相手としては未熟でしょう?
40代とか50代の女性のほうが話が合うのに、男性は20代がいいんですか?

渡辺:そうですね。この年代になっても、やはり若い女のほうがいい。

坂東:でもそんな未熟な子相手に話したって、つまらないじゃないですか。

渡辺:でも男は熟した会話を求めているわけではないから(笑)。それより柔肌に触れたいとか、女の華やいだ雰囲気に酔いたいんですよ。

坂東:なるほど(笑)。フェロモンがフワフワッと漂ってるだけでいいんですね。

渡辺:まあそうです。しかし威一郎はとりあえず免れましたけど、やがて熟年離婚の危機もあるかもしれない。熟年離婚は8割が妻側からの申し出なんです。で、男は離婚したら大変だと思って動揺しながらノーと言う。でも僕は離婚してまた再婚すればいいんじゃないかと思う。

坂東:でも再婚できるだけの魅力ある男性じゃないと無理じゃないですか?

渡辺:そんなこと言いだしたらキリがないから。自分と同じように魅力のない女性を探せばいいんで。

坂東:アハハハ。(笑)

●息子や娘は口を合わせ「結婚はしないでね」

渡辺:理想を言ってたら何もできませんよ。

坂東:でも女性は熟年離婚したあと再婚したいと思う人、少ないですよ。

渡辺:そんなことないですよ。僕は高齢者施設をいっぱい回って話を聞きましたけどね、女性は結婚したがってますよ。

坂東:そうですか。言わない人は諦めているだけなのかな?

渡辺:アメリカの老人ホームもそうだけど、日本もだいたい7割から8割がおばあさんで、おじいさんは少ない。だから健康な男はモテモテです。三角関係のほとんどが、1人のおじいさんをめぐって2人のおばあさんという形だから。

坂東:肩書やお金じゃなくなった高齢者の男女が恋に落ちるには、どういう条件があり得ますかしら。

渡辺:高齢者施設っていうのは入所の条件があるから、経済状況が似た人が多いんですよ。

坂東:そうか、じゃあ恋愛は生じやすいんですね。

渡辺:ええ。ただ、おじいさんやおばあさんの、息子や娘が口を合わせて言うことは「絶対に結婚だけはしないでね」と。

坂東:相続の問題ですね。

渡辺:子供はみんなそれを言う。いかに子供が身勝手か。

坂東:でも恋愛ならいいんじゃないですか。

渡辺:まぁ、高齢の場合は恋愛っていうより、圧倒的に女のほうが積極的でね、「おじいちゃん風邪引くわよ」「ひざ掛けをどうぞ」と世話を焼くうちに同棲しちゃうんです。話を聞くとね、「もう年だからセックスはしない。だけど二人で手を握ったまま寝る、それから背中をさすり合う、これがすっごくいい」って。肌をさすると心が安らいで、血圧が下がるとか糖尿値が下がるとか、みんな体が良くなるって言いますね。

坂東:なるほど。そういう新しい熟年の男女の形を、これからどんどん渡辺先生が書かれるんじゃないですか。

渡辺:まぁね。おばあさんに聞くと、オロオロしてるのは圧倒的におじいさんだと言うけど。(笑)

坂東:でも、いくつになってもどんな社会になっても、常に男性と女性の関係っていうのはいろいろな側面があるからおもしろいですね。

渡辺:ええ。もう少し上の年代もいろんな問題を抱えていますしね。

坂東:先生、次はぜひその後の威一郎さんの老いらくの恋を書いてくださいよ。

渡辺:うーん、そのあたりまで、ぜひ書き込んでみたいけど。

坂東:お願いします。威一郎さん、数年後にはモテモテの不良老年になってイキイキしてそうですね。(笑)


わたなべ・じゅんいち
1933年、北海道生まれ。整形外科医のかたわら、執筆活動を始める。『光と影』で直木賞受賞のほか、吉川英治文学賞、菊池寛賞など受賞多数。『化粧』『ひとひらの雪』『うたかた』『失楽園』『愛の流刑地』『鈍感力』『欲情の作法』『幸せ上手』など著書多数

ばんどう・まりこ
1946年、富山県生まれ。69年、総理府入省。内閣広報室参事官、埼玉県副知事、オーストラリア・ブリスベン総領事、男女共同参画局長などを歴任し03年に退官。昭和女子大学女性文化研究所所長などを経て、07年から学長。『女性の品格』『幸せの作法』など著書多数

週刊朝日

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