この映画の直後には、サスペンスタッチのドラマ「TWO WEEKS」(フジテレビ系)で、初の父親役に挑戦。

「自分でも思った以上に、娘役を稲垣来泉ちゃんという女優さんがやっているんですけども、その子にメロメロですね」(「ノンストップ!」フジテレビ系)

 と、語っていた。そんな三浦を8歳(当時)の稲垣も大好きになり、その死についてはインスタグラムでこんな思いをつづった。

「がんばったらまた共演できて『大きくなったね』と言ってもらいたいと思っていました。(略)大好きな笑顔を思い出しながら ゆっくり少しづつ(原文ママ)頑張ります」

 これがせつないのは、7歳でデビューした三浦もまた、そんなひたむきな思いを抱きながらやってきたのではと想像されることだ。大人の役者と共演するたび、また共演できるように頑張ってそこで認められたい、それが十代、二十代と飛躍することができた原動力のひとつだろう。しかし、自分が目標とされる存在となってきたとき、彼の役者人生は終わってしまった。

 それでも、作品は残る。ここに挙げたもの以外にも、自ら企画して難病患者を演じた「僕のいた時間」(フジテレビ系・14年)や「これまで演じた中で、実際の僕に一番近い」と自己分析した映画「東京公園」(11年)など、その役柄やテーマは幅広く、見る者の心に深く染みるものが多い。30歳で亡くなった役者とは思えないほど、ベスト5とかベスト10が簡単には選びにくかった。

 それゆえ、共演女優たちの言葉に注目してみた。そこから見える三浦春馬の姿は、やはり爽やかで、ときにやんちゃだったりもして、役者という仕事を生き生きと楽しんでいたことが伝わってくる。新作「おカネの切れ目が恋のはじまり」の現場でも、きっとそうだったのだろう。

 松岡茉優の言う「あの素晴らしいお芝居」には、これからもさまざまなかたちで出会うことができる。芸術は長く人生は短し、である。

宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

◇相談窓口
■日本いのちの電話連盟
・フリーダイヤル0120・783・556(毎月10日午前8時~翌日午前8時)
・ナビダイヤル0570・783・556

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