■すでに日常生活では十分に使えるレベル

 現段階で、自動翻訳はどの程度役に立つのだろうか。隅田さんは「タクシーで行き先を告げる、コンビニで買い物をする、病院を受診するといった生活一般は、自動翻訳で十分賄えるレベルになっています」と話す。訪日する人の国籍が多様化している昨今、観光関連や自治体の窓口、救急搬送の現場などさまざまな場所に多言語の自動翻訳が導入されているという。

 自動翻訳の精度が高まっていることは事実だが、「100%の正解が出せるわけではない」と隅田さんは言う。たとえば、自動翻訳は前後の文脈を考慮することはできないので、文にない単語を補足して訳文を作ることなどはできない。

「自動翻訳の正解率は9割くらいです。大量のデータとプログラムの組み合わせという点では、天気予報と同じ。天気予報も外れることはあっても、生活に必須ですよね。自動翻訳もその限界を理解した上で利用すべきです」

 NICTが開発した音声翻訳アプリ「VoiceTra」では、翻訳した結果を元の言語に「逆翻訳」して表示する機能があり、翻訳文に誤りがないか確認できる。こうした機能を活用すれば、カンボジアのクメール語やミャンマー語のような馴染みのない言語へ翻訳するときも、安心して使えるという。

「世の中の情報量は確実に増えていますから、自動翻訳を上手に使いこなすことも重要になるでしょう」と隅田さんは言う。では、今後自動翻訳がさらなる進歩を遂げれば、英語を学ぶ必要はなくなるのだろうか。

■自分で英語を話すか 自動翻訳を活用するか

 隅田さんはこう話す。

「結局は『何のために英語を使えるようになりたいのか』という目的次第なのではないでしょうか。英語で直接コミュニケーションを取りたい、英語で仕事をしたいという人は、しっかり英語を勉強する必要があるでしょうし、そうでない人は自動翻訳を積極的に活用して、時間や手間を別のスキルの習得に回すという発想があってもいい。ただ、翻訳結果の正誤を判断できるくらいの英語力はあったほうがいいかもしれません。機械が訳した文を発話してみるなど、英語の上達のために機械を利用するというのも一つの方法でしょう」

隅田英一郎(すみた・えいいちろう)
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)フェロー。大手IT企業や民間の研究開発機関を経て現職。長年、自動翻訳・音声翻訳の研究開発に携わる。

(文/谷わこ)

※『AERA English (アエラ・イングリッシュ) 2020 Autumn & Winter』より