前回の東京五輪で競泳がそこそこの成績を上げていたら、スイミングクラブがジュニア強化の軸となる現在とは、違った体制ができていたかもしれません。

 スイミングクラブ育ちが国際舞台で活躍するようになっていた84年ロサンゼルス五輪で水泳界に痛恨の出来事が起こりました。競泳日本代表選手の大麻吸引事件が発覚。当時の藤田明・日本水連会長が引責辞任し、副会長だった古橋さんが「誠意を尽くして、社会の理解と信頼を取り戻したい」と会長に就きました。

 86年に東京SCに入った私は、現在の日本水連会長である青木剛ヘッドコーチの元、水泳が速くなるだけでなく、あいさつを始め人間教育を重視した指導を心掛けてきました。

 大学のときは規則や礼に厳しい水泳部の寮で生活していたので、東京SCに入ったとき、選手たちは好き放題やっているなあ、という印象がありました。身勝手な態度をとる有力選手もいて、先輩コーチから「オリンピックを目指す選手は、こんな個性のある選手ばかりだぞ」と言われたこともあります。「そんなことはないだろう。個性をはきちがえてもらっては困る」と考えて、その後、北島康介、中村礼子、寺川綾ら五輪メダリストを育てるときも「水泳が速くなる前に人間教育」という指導を続けてきたつもりです。

 延期された東京五輪に向けて、これからが大事な時期です。人間教育の基本を水泳界で共有して、「逆境こそが進歩の母」の精神でコロナ禍の状況を乗り越えていきたいと思います。
(構成/本誌・堀井正明)

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数

週刊朝日  2020年10月23日号

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