ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、ギンナンで分かれた麻雀勝負について。
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よめはんがスーパーでギンナンを買ってきた。小さいネットに百個ほど入っている。
「珍しいな」「好きでしょ」「お好きです」
半分くらいを紙袋に詰めて電子レンジに入れた。三十秒でポッポッと弾けだす。よめはんが取り出して皿にあけ、わたしは工具箱からプライヤーを持ってくる。プライヤーは掴(つか)む部分に丸い穴があるから、ギンナンの中身をつぶさず、殻だけを割ることができる。
わたしはギンナンを割りはじめた。ときどき、熱い蒸気を噴き出すのがある。割れたギンナンをもうひとつの皿におくと、よめはんはささっと殻をとってエメラルドグリーンの中身を口に入れる。
「ピヨコちゃんはほんまにギンナン割りがお上手やね」「ありがとう」
些細(ささい)なことでも褒められるとうれしい。
わたし・割る。よめはん・食う──。みごとな分業だが、操られ感もなくはない。
「ちょっと待て。おれがひとつ食うまに三つは食うてるな」「だって、きれいに殻がとれるし」「きれいにとれそうなもんばっかり食うてるやろ」「あのね、ギンナンは温(ぬく)いうちに食べるから美味しいんやで。もちもちして」「んなことは分かってるわい」「そんなんいうんやったらひとりで食べなさい。隠れて」「なにが悲しいて、ギンナンごときを隠れて食わんとあかんねん」「大の男が怒りなや。ギンナンごときで」「はいはい、すんませんね」
その日のふたり麻雀はわたしが大勝し、ギンナンの恨みを晴らした──。
次の日、東京へ行った。音羽のK社で書評家と対談。そのあと紀尾井町へ行き、葉巻の吸える喫茶店でT書店の編集者と打ち合わせ。のちB社に行って某作家と対談。月刊小説誌で将棋特集をするとかの企画で、プロ棋士との交流をいっぱい喋(しゃべ)ったが、「いまのお話は使えませんね」「そのお話もダメですね」と、いっぱい編集者にいわれた。そもそも、むかしの棋士には子供がそのままおとなになったような無垢(むく)なひとが多くいて、わたしはよくいっしょに麻雀をしたりサイコロをころがしたりした(棋士は基本、対局が仕事であり、ほかに拘束されることは少ないから遊ぶ時間がある)が、そういうひとが将棋で大成することはたぶんない。とりわけいまのプロ将棋は情報戦でもあり、棋士が日々の勉強を怠ればてきめんに負ける。