


AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
* * *
絵画のように美しい映像のなかに、深い悲しみが横たわる。ハンガリー映画「この世界に残されて」は、せりふに頼ることなく、登場人物たちのまなざしや表情で心の揺れを描き出した、稀有(けう)な作品だ。
舞台は第2次世界大戦後のハンガリー。16歳のクララは、ホロコーストにより両親を亡くし、天涯孤独の身となった。偶然出会った医師のアルドもまた、ホロコーストにより家族を失っていた。20歳以上の年の差の二人は、親子とも恋人とも違う、心の深いところでの結びつきによって多くの時間をともにするようになる。
クララを演じた、アビゲール・セーケの親戚の一人は、ホロコーストからの生還者だった。撮影に入る前、バルナバーシュ・トート監督はセーケとともに、彼女のもとに話を聞きに行ったという。
「言葉を選び、慎重に話を聞きました。彼女は強制収容所に行く前、そして強制収容所から生還してからの人生については語ってくれたのですが、強制収容所でどのような日々を送っていたのかについては、口を開くことはなかった。そのことが強く印象に残っています」
米ボストンで同作品の上映を行ったときは、母ときょうだい4人を強制収容所で亡くしたという男性に出会った。「その男性もまた、感情的になることなく、理性を保ったまま、淡々と話していた姿が忘れられない」と言う。
原作はハンガリーの心理学者による小説だ。世の中のことがわかり始めた少女の身に起きたこと、そしてその心の動きを日記形式を交えながら描いた物語に魅せられ、トート監督は映画化を決めた。
「原作では、クララとアルドは義理の親子のような関係で描かれていましたが、そこに二人にしかわからない、恋愛感情にも似た気持ちの芽生えを書き加えていきました」
ナチスによりハンガリーでは約56万人ものユダヤ人が殺害されたと言われる。