春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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イラスト/もりいくすお
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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「一年の計」。

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 昨年末の一門会のとき。師匠・春風亭一朝が「正月、どうする?」と言った。

 べつに「年賀状の返事書いたら、鬼滅でも観に行く? 3回目だけど、まだ泣けるかな?」みたいに元日の予定を立てよう、というわけではない。噺家は元日の朝に師匠宅へ年始にうかがうのが決まり。我々にとって元日は、一年で一番大切な日といっても過言ではない。でも、このコロナ禍だ。集まるのは当然憚られる。

 いかに呑気な噺家とはいえ、真冬の乾燥した時期に、朝っぱらから一門全員(15人)が師匠宅にわらわらと集まり、まず師匠に「今年もよろしくお願いいたします!」とご挨拶し、弟子だけでなくそれぞれの家族もやってきて、「でっかくなったなー!」とか「ちんちんに毛ぇ生えたか!?」とかそれぞれの子どもたちをいじったりして、兄弟弟子同士で新たに染めたまっさらな手拭いを交換し、前座にはお年玉を渡し、子どもたちにもお年玉を渡したり、渡されたり、師匠の女将さんに「そのネイルの色、いいっすねー!」とヨイショして、まずはビールで乾杯し、師匠と「これは親御さんからお歳暮で頂いたビール、よろしく言っといて」「はい! じゃ遠慮なく頂きます!」「痛風に気をつけてな!」「クスリ飲んできたんで大丈夫です!」なんてやりとりをして、お造りやおせちをつまみ、女将さんと「一之輔が好きな柿の入ったなます、持ち帰り用に包んだから持って帰りなよー」「ありがとうございますー!」なんてやりとりをして、「お雑煮のは何個!?」なんて台所から聞こえる女将さんの声に、「1個で……」と思いつつもそれじゃ愛嬌がないから「2個お願いしますっ!!」と応え、「日本酒もあるけど飲むかい?」なんて師匠に聞かれ、「頂きまーす」と元気に返し、出されたお雑煮には餅が三つ入ってて、「俺のじゃないんじゃねぇか?」と思いながらも、「まぁいいか。正月だしな」と餅を流し込み、駅伝が流れているテレビを観ながら、「この寒さのなか裸同然で風に吹かれて走るなんて正気の沙汰じゃないねー!」とかみんなで笑いながら、「じゃ、俺は行ってくるからゆっくりやってって」と先に寄席に出かける師匠を「ごくろーさまでーす!」と見送って、子どもたちが飽きてくると「これでお菓子でも買ってきな!」と女将さんがお小遣いくれたりして、そのうちによその一門の師匠方もやってきてワーワー飲んでるうちに、「兄さん、そろそろ行かなくていーんですか? 上野鈴本13時上がりですよね?」とか後輩に言われて、「わー! 行ってきますっ!」と慌てて飛び出して、寒空のした酔いざましに歩きながら噺をさらってみたりして、「あぁ、今年もオレは落語家なんだなぁ」と思ったりする……そんな元日は難しいだろうと、暮れの一門会で師匠は言った。

「しかたないですよね……」と弟子一同。やっぱり寂しい元日だった。早々に『一年の計』を立ててみる。「来年の正月は落語家らしい元日を過ごす。その日のために一日一日、自分に出来ることごきげんにやる」。あ、あけましておめでとうございます。

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。YouTube 「春風亭一之輔チャンネル」ぜひご覧ください! アーカイブもいろいろあります

週刊朝日  2021年1月15日号