誰に何を相続させるかを理解し、判断する能力を遺言能力という。認知症で明らかに能力が欠けているとわかれば、その遺言作成は不正となる。

 しかし、現状はチェックする仕組みも機会もないとの指摘が出ている。公証人は、事前に打ち合わせをしていた専門家が証人となるので、遺言者に名前の確認をする程度だ。

「年間10万件以上の公正証書遺言が作られている今、認知症による遺言能力が理由で、それが(裁判で)無効とされたものは、私が知る限り数えるほどしかないんです」

 こう話すのは、物部法律事務所(東京都港区)の物部康雄弁護士だ。昨年10月13日付朝日新聞朝刊の「私の視点」欄で、「遺言作成に認知症検査を」という提言をした。

「これからの超高齢化をふまえ、公証役場で簡易な認知症検査を義務づけるべきです。運転免許更新の際には、次回の更新で75歳以上となる運転者を対象に認知機能検査が義務付けられているのに、なぜ遺言書を作成するときには行わないのか。事務員に(認知症かどうかの)簡易な質問をさせるだけでもいい。PCR検査よりもはるかに簡単で、費用もかからないはずです」

 そうすることによって、認知能力が衰えた高齢者の公正証書遺言作成は排除され、トータルの遺言件数も大幅に減少するはずだと物部弁護士は指摘する。

「現状、不正に作成された公正証書遺言がまかりとおっています。今の実務では、公証人による認知能力の確認プロセスがないに等しく、それを裁判で暴くことは事実上不可能です」

 遺言能力が危ぶまれる認知症の人を検査することは考えていないのだろうか。日本公証人連合会に尋ねると、こうコメントした。

「遺言能力の有無は個々の事案ごとに判断されるものであって、一定の年齢以上の方が遺言をするときに一律に検査を義務付けるのは相当ではないと思われます」

 法務省の担当者は、こう話す。

「公証人は、依頼者、嘱託人の意思能力、判断能力などについて、必要に応じて少し踏み込んだ質問をしたり、場合によっては診断書の提出を求めたりしているはずだというのが我々の認識です。(認知症検査を)全件に義務付けるというのは、公証役場で作成を嘱託する側にとって負担になる側面もあるので、そういうことも含めて考えていく問題だと思います」

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