この負担について同意見の弁護士もいる。藤井薫法律事務所(大阪市)の藤井薫弁護士だ。
「年間11万件ほど作られている公正証書遺言のその全部に、300ほどある公証役場にいる公証人全員に認知症か否かの判断をさせるというのがまず無理な話だからです。医師を連れていくのも物理的に無理。公証人も遠方からやって来た高齢者には心理的抑制が働いて『ダメ』とも言いにくい」
では、どうすればよいのか。
「公証人が(いきなり会うのではなく)2回会うというルールにすればよいのではないでしょうか」
そのハードルを設定することで、公正証書遺言の作成を諦めたり、自筆証書遺言に変更したりする人が出るとみる。
「とはいえ、これは簡単に解決案が出るような問題でもないと思います。というのも、公証役場は形式的な認証機関であり、それに実質的な審査権限を与えれば、その責任まで負わねばならなくなるからです」
遺言書のトラブルを多く見てきた西天満総合法律事務所(大阪市)の松森彬弁護士は、認知症検査の導入について「率直に言って大事な提案。今後の検討課題だと感じました。しばしば争いになる問題です。ただ、認知症の人の意思の尊重も求められ、総合的な判断が必要になります」と話した上で、こう言う。
「それよりも、生前のコミュニケーションのほうが大事なのです」
相続トラブルを抱える家族の大半は事前の意思疎通が欠けている、と指摘する専門家は多い。生前に親の意思を聞き、それをきょうだい間で共有してきちんと話し合いたい。そうすれば、誰か一人が抜け駆けして財産を独占する事態は防げるだろう。
物部弁護士も、こう語る。
「ちゃんともめろ、ということです。もめるのが嫌だからといって認知症の親をけしかけて自分に有利な遺言書を作るのではなく、法律に従って、遺産分割として、ちゃんともめる。このほうがよっぽど良いのです」
(本誌・大崎百紀)
※週刊朝日 2021年2月5日号