私はじっと立っていた。立っていたのはどうすればよいのかわからないからで、その説明を「おねえさん」がしてくれるのを待っていたのだ。だがおねえさんは私のことなど忘れたように次のお客の篭の中を点検している。してみるとこの頃は何でもキカイ化しているらしいから、今にキカイが勝手に動いて、何をどうしてくれるのかわからないけれど、とにかく私はそれを待つことにしたのである。
そこへ手洗いに行っていた娘の声が聞えた。
「何をボーッとしてるのよ。さっさとお金、入れなさいよ!」
「お金? どこへ入れる……」
というのも口の中。娘は私を押し退けて、目にも止まらぬ早わざ。ハイ、ここを押して、そしてこうして、お金出して下さい。三千四百二十六円ね、小銭はこっち、お札はここ。ハイ、レシート……。あっという間に支払いは完了したのであった。
以後、私はサミットへ行かなくなった。断乎、行かない。何があっても行かぬと決心した。わけのわからぬキカイの前であの早わざで見せられた支払い方法は、一度や二度では覚えられないからである。
かつて私はこの家の大黒柱だった。娘に孫、それに婿どのを加えた家族三人はそれを認め、私に敬意を払ってくれていた。だが年を追ってその雲ゆきは怪しくなって来た。そしてこの頃は「威張りながら頼る」という何とも厄介な事態に立ち到ったのである。
──以下次号
※週刊朝日 2021年2月26日号