軍治さんは蟹籠の中からモクズ蟹を一匹上手に手でつかんで私に見せてくれた。その蟹は実に大きく大人の握り拳ほどあり、がっちりとした鋏や脚、いわゆる褌といわれる部分にもモサモサと毛が生えている。

「今年の蟹の型はいいべさ。今袋に入れてやっから持って行って食ったらんめばい」

 軍治さんはそう言うと、獲物の蟹を入れて運ぶ木綿製の袋に十匹ほど放り込み、袋の口を紐でクルクルと縛ってから私に渡してくれた。蟹の入ったその袋はズシリと重く、中でゴソゴソと蠢いているのが手に伝わってくる。

「いやあ嬉しいですよ。予期せぬ出来事がこんなに美味しい出来事になってしまうんだから。それじゃ遠慮なくいただいて、今夜は蟹汁、蟹めし、茹で蟹で豪華な酒を飲りますよ。今度また実家の酒届けますから」

 そう言うと、私は心を弾ませて蟹の入った袋をぶら下げ、土手を昇ったところで振り返り、軍治さんに手を振って研究室に戻った。

 その日は早めに札幌の自宅に戻ると、心を弾ませてモクズ蟹の料理をした。全てガサゴソと活きている蟹なので、細心の注意をしなければならないことはよくわかっている。とにかくこの蟹の逃げ足は驚異的なほど速く、ずっと前の話だが、九州から送られてきたモクズ蟹が一匹家の中で逃げ出した。捕まえようとしてもその素早さにはどうにもならず、ついに台所の奥の方に逃げ込んでしまい、一体どこに隠れてしまったのかわからなくなってしまった。それから一週間もの間、奥の方でガサゴソ這回っていたようだが、ついによろよろと力なく出てきたところを捕えたことがある。

 また、この蟹の鋏に挟まれると、その激痛は指が千切れるのではあるまいかといったほど強烈な上に、とてもしぶとい奴で挟むのを止めようとしないから大変なことになる。

 私はそのようなことを知っているので、先ず軍手を両手に填めて万全を期し、蓋付きの鍋に湯を沸騰させ、そこに布袋から蟹を一匹ずつ取り出して生きたままを五匹、放り込んで茹で蟹をつくった。一五分も茹でると蟹の甲羅は真赤になって眩しいほど美しくなる。次に蟹の炊き込みめしをつくった。俎板の上に鋏も脚もつけたままの生きた蟹をのせ、出刃包丁で左右二つにぶつ切りする。これを二匹つくる。電気炊飯器で通常通り米三合を入れて洗米し、ダシ汁四〇〇cc、みりん四〇cc、醤油四〇cc、酒四〇ccを加え、あとは定量線まで水を張り、その上にぶつ切りにした蟹を並べ置きしてからスイッチオン。残りの三匹も俎板の上で四ツ割りし、あとはそれを具にして通常の味噌汁をつくる要領で蟹汁をつくった。

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