萌さんのコーチは言う。

「最初に来た頃の萌さんは、エネルギーがなくて、とても就職活動が始められるような状態ではなかった。何か聞けば答えるけれど、自分から話してくれることもなかったですね」

面談を重ねた後の、ある日のこと。萌さんが「自分の気持ちを書いてあるから読んでほしい」と、ノートを4、5冊持ってきて見せてくれたという。

「かなり赤裸々な気持ちがつづってあって、ここまで見せてくれるのかと驚きました。引きこもっていた間は、相当苦しい思いをしていたこともわかりました」(萌さんのコーチ)。

 人とつながるのは苦手だけれど、本当は誰かに自分の気持ちをわかってほしい。それが萌さんの本音だった。

 萌さんが通っていたプロジェクトでは、面談のほか、ブランクがある人の「リハビリ」として事務所内で週2回の就労訓練ができる。訓練の日には、受講生やコーチと一緒に昼食をとるのだが、食事の準備をするのも自分たちだ。

萌さんはスマホで必死にレシピを探し、コーチに手伝ってもらいながら料理をつくった。

「ご飯を炊いたことすらないし、家庭科の調理実習でも率先して『洗い物係』をしていたような私が今、ご飯をつくっている!」

 萌さん自身も驚きだった。好き嫌いが多い萌さんだが、事務所の昼食ではなぜか苦手な食材も食べられた。現在では、冷蔵庫の残り物を使って料理ができるまでになった。

「私でもやればできるんだ」

萌さんに、僅かながら自信が生まれてきていた。

■  将来の夢は? 「世界平和」と即答

就労訓練に通うようになってから半年後、萌さんは、ホテルでベッドメイキングのアルバイトを始めることにした。一日5時間で、日給4000円からのスタートだ。

「みんなは、『とりあえずバイトから』と軽くいうけれど、私にはものすごくハードルが高いことなんです」

小さな一歩だけれど、2年ぶりに萌さんの時間が動き出した。萌さんのコーチはいう。

「抱えている問題が完全に解決していなくても、『とりあえず前にスペースがあるなら進んでみれば』と背中を押しています。少しでも先に進めば、自信がつくはず」

ただ、萌さんは、就労訓練に通っていることやアルバイトを始めることを、父親には一切話していないという。

「父に話すのは、結果を出してから」(萌さん)

 素直にはなれないが、本当は期待にこたえたい、認められたい……萌さんの中には、家族ゆえの複雑な気持ちが入り混じっている。

「最終的には、安定した職場に就職することが目標です。私に今一番欠けているのは、変わりたいという意識と、覚悟。どうしたら本心から変わりたいと思えるのかわからないし、時間がかかるかもしれませんが、乗り越えたいです」(萌さん)。

 萌さんのコーチは言う。

「人の役に立っているという実感を持てたとき、変わることができるのでは」

 引きこもりを抜け出す一歩は、萌さん自身が勇気と気力をふりしぼって行動を起こしたこと。しかしコーチのような伴走者がいたからこそ、歩みを止めず人生をすすめることができた。やはり、引きこもりからの社会復帰は、本人や家族だけの力では難しい。

 最後に、萌さんに「将来の夢は?」と聞いてみた。すかさず、「世界平和」という答えが返ってきて驚いた。冗談かと思い、思わず「えー、お母さんの手伝いもしてないのに?」と言うと、「そうですよね」と笑ったあとでこう言った。

「無理だと思うけど……青年海外協力隊に入って働くとかそういうの、いいな」

 自分がこの世界に生まれてきた意味を探したい、そんな心の声が聞こえた気がした。(取材・文/スローマリッジ取材班・臼井美伸)

臼井美伸(うすい・みのぶ)/1965年長崎県佐世保市出身。津田塾大学英文学科卒業。出版社にて生活情報誌の編集を経験したのち、独立。実用書の編集や執筆を手掛けるかたわら、ライフワークとして、家族関係や女性の生き方についての取材を続けている。株式会社ペンギン企画室代表。http://40s-style-magazine.com
『「大人の引きこもり」見えない子どもと暮らす母親たち』(育鵬社)