「いろいろなことが積み重なったんだと思う。仕事していると害虫退治もしなくてはいけないけれど、虫が嫌いで、最後まで慣れなかった。職場はおばちゃんばかりで、相手の話を聞いてあげるだけで物足りない。この先ずっとこの仕事を続けていくというイメージが持てなかった」
上司に辞意を伝えると、「若いのによく勤めてくれた」と、とくに引き留められることもなかったという。
■ 父は「どうするんだ」 母は話せる相手ではない
唯一、良くも悪くも萌さんの退職に関心を示したのは父親だった。厳格で干渉が多いタイプだ。
「何かにつけて、根掘り葉掘りききたがる。私の状況を全部把握したいと思っているみたいです」
萌さんが仕事を辞めたことを告げると、父はムッとしていたという。辞める理由を聞かれ、「これからどうするのか」と問い詰められたが、萌さんは答えられなかった。
母親はそれほど厳しくはないが、「なんでも話せる相手ではない」と萌さんは言う。弟とはもともとあまり会話がない。萌さんは、家族に心の内を話すこともなく、部屋に閉じこもってしまった。
「最初のころは、美術館や博物館に出かけてみたこともあったけれど、私は方向音痴だしあまり遠くには行けないんです。父に免許を取れと言われたけれど、取る気になれなかった」
友達はひとりだけいたが、仕事をしているからたまにしか会えない。母は仕事と家事の両方をこなすのに忙しそうだったが、家事を手伝う気もおきなかった。部屋でネットサーフィンをして、ただ一日を過ごした。それでも、さびしくはなかったという。
いちばん嫌だったのは、父の干渉だ。時折萌さんの部屋に入って来ては、「これからどうするんだ」「何がしたいんだ」などと問い詰める。そんなときは、答えをはぐらかすか、黙りこくるしかない。
「答えたくても、自分にもわからないから答えられない」
近所のおばちゃんにも、会うたびに「何してるの、これからどうするの」など詮索されるのがうっとうしかった。
「思ったことを口に出して言うのが苦手。本当の気持ちはだれにも言ってない」
そんな彼女が、ひとつだけ、本当の気持ちを吐き出すことができる場所があった。それはSNSのアプリだ。アプリの説明には、「まだ出会ったことのない誰かとゆるーいコミュニケーションを楽しもう!」とある。
萌さんは、だれにも言えない本当の気持ちをそこに書き込んだ。
「何が終わっていないかわからないくらい
終わっていない
片づかない
力が出ない」